『THE Box』と書かれたネオン製の巨大な看板、その上で三羽の白い小鳥が囀っている。真昼の太陽が錆びかけた屋根と周囲に敷かれた石畳を焦がしていた。スーツの襟元を緩めながら、この不可思議で不気味な建物を改めて見上げてみる。
ここは本当に、かつて栄華を極めた『老若男女に大人気の劇場』なんだろうか。
「……鍵開いてる」
表通りに面した入場口からちょうど180度の場所に位置した扉、小さな丸窓と群青色の重厚な造りのドアがギィギィ風に揺れていた。幼い頃、母親に読んでもらった童話の絵本にも、こんな感じの魔法の城が描かれていた気がする。禍々しくはないが、教会や共同墓地ほどの静謐な雰囲気もない。ただ、この先には何かしらの『物語』が待っているんだろうと。そう感じずにはいられない扉だった。
「ホーソンさん?警察です、入りますよ?」
ホーソン・グラス、当劇場の支配人及び管理者であり、俺たちが今から会おうとしている目当ての人物であり。ここ数年に渡って起きている不可解な事件の鍵を握る人物(と俺の上司が睨んでいる)。何を思ったのか、俺たちの署が管轄しているエリアの検挙率が低いことに上は気付いてしまったようで。どんな些細な出来事にも気を配って調べてこい、と呪詛のように毎日部下へ命じている。今どき滅多に見ることのない年配刑事のイラつきは、灰皿に完成した吸い殻の〝花束〟で一目瞭然だった。
小さな天窓から差しこむ日光が、灯りの無い板張りの空間へと落ちていく。埃と塵が一筋の中で細かく雪のように舞っては落ちていく、さながら天然のスポットライトだった。
「誰かい……」
部屋の隅、小さなソファに男はいた。
まるで役者が自分の出番のため、あらかじめ決めていた位置に着きながら、舞台上で照明が当たるのを今か今かと待ち構えているように。分厚いビロードのような表紙の本を男は熱心に読みふけっている。俺よりも背丈がありそうな長い手足は窮屈そうに椅子へと収まっていた。話に聞いていたよりもずっと若い。同い年、見方によってはもっとガキにも見える。だが手の骨格や仕草、首筋に浮かぶ血管は35歳の男に相応しかった。
「ホーソンさん」
今日、既に何度目になるのか分からない名を呼ぶ。手と眼球にのみ生気が宿ったマネキンのごとく、まばたきと本を捲る以外のタイミングで相手は動かなかった。
ここは本当に、かつて栄華を極めた『老若男女に大人気の劇場』なんだろうか。
「……鍵開いてる」
表通りに面した入場口からちょうど180度の場所に位置した扉、小さな丸窓と群青色の重厚な造りのドアがギィギィ風に揺れていた。幼い頃、母親に読んでもらった童話の絵本にも、こんな感じの魔法の城が描かれていた気がする。禍々しくはないが、教会や共同墓地ほどの静謐な雰囲気もない。ただ、この先には何かしらの『物語』が待っているんだろうと。そう感じずにはいられない扉だった。
「ホーソンさん?警察です、入りますよ?」
ホーソン・グラス、当劇場の支配人及び管理者であり、俺たちが今から会おうとしている目当ての人物であり。ここ数年に渡って起きている不可解な事件の鍵を握る人物(と俺の上司が睨んでいる)。何を思ったのか、俺たちの署が管轄しているエリアの検挙率が低いことに上は気付いてしまったようで。どんな些細な出来事にも気を配って調べてこい、と呪詛のように毎日部下へ命じている。今どき滅多に見ることのない年配刑事のイラつきは、灰皿に完成した吸い殻の〝花束〟で一目瞭然だった。
小さな天窓から差しこむ日光が、灯りの無い板張りの空間へと落ちていく。埃と塵が一筋の中で細かく雪のように舞っては落ちていく、さながら天然のスポットライトだった。
「誰かい……」
部屋の隅、小さなソファに男はいた。
まるで役者が自分の出番のため、あらかじめ決めていた位置に着きながら、舞台上で照明が当たるのを今か今かと待ち構えているように。分厚いビロードのような表紙の本を男は熱心に読みふけっている。俺よりも背丈がありそうな長い手足は窮屈そうに椅子へと収まっていた。話に聞いていたよりもずっと若い。同い年、見方によってはもっとガキにも見える。だが手の骨格や仕草、首筋に浮かぶ血管は35歳の男に相応しかった。
「ホーソンさん」
今日、既に何度目になるのか分からない名を呼ぶ。手と眼球にのみ生気が宿ったマネキンのごとく、まばたきと本を捲る以外のタイミングで相手は動かなかった。