だがありきたりな言葉、思い浮かぶ単語の羅列がどれも不適当に思えてならない。これまで何百冊もの書物を読み、物語を作り、言葉と睨み合ってきた筈なのに。
 目の前で不適に笑っている男になんと言うべきなのかまるで分からなかった。彼の前には全ての形容詞が軽薄なものに成り下がる。
「……次も主演を狙いに来い」
 だが、その二日後に青年は死んだ。
 不慮の事故、若き天才はあっというまに天へと召し抱えられてしまった。誰もが悲しみに暮れ、喪に服す中で劇作家だけは違った。
葬儀の日も式場へは行かず、一心不乱に誰もいない劇場で男は紙と向き合う。ペンを刀のように携え静かにインクを走らせる。
 あのバッドエンドを超える話を。もっと悲劇を、不幸を、衝撃を。あの男が最も輝ける、まだ誰も見たことがない物語を。幸福の中では誰もが輝くが、彼が輝くのは己の書く凄惨な世界の中がいい。
 その後、劇作家は数々の作品を世に生み出すことになる。当時を知る者によれば、完成した台本が役者たちに渡された時、主役名の下には必ずと言っていいほど不自然な空欄があったらしい。