出口で見送る度に同じ内容を聞かれた。無名の新人を誰もが目で追い『もっと知りたい』と思っているのは明白だっただろう。
 一方、作品自体の批評は十人十色だった。今まで根強く足を運んでいた固定客でさえ『これは酷い』と言う者から『新しい時代の幕開けだ!』と評する者まで。
だが彼にとって、客からの評価など既にどうでもよくなっていた。この作品こそ、彼が本当に書きたかった物語なのだから。スタッフも演者も全員がそのことを理解しており、誰もが幸せだった。
 バッドエンドの公演最終日、全ての演目が終了した観客席はまるで宇宙空間だった。ゴミと塵と、無人の静けさと虚しさを湛えながら、熱気と冷気が混在している。打ち上げに行った関係者に金だけ渡し、何となく後片付けをしていた時だ。
劇作家の下にある人物が歩み寄って来た、あの青年だ。羽が生えたような足どりで、あれだけ重たく救いのない内容だったにもかかわらず瞳はむしろ生き生きとしている。照明の中で浮かび上がる金髪は天使さながらだった。
「打ち上げに行かなくていいの?」
「この後で行きます。先に言いたくて、お礼を」
「俺に?」
「監督、お疲れ様でした。それと、ありがとうございます」
 見た目に反して意外と礼儀も知っているのか、と内心安心する。だが同時に少し興醒めしかけている己がいた。優等生よりも、廃墟の窓ガラスを割って回る親不孝者の方が魅力的だ。とは言いつつ、世間的に褒められ成功するのは明らかに前者だろう。〝危険〟に惹かれるのは今が安定している証拠だ。
「どうだった?初舞台は」
「最高!超楽しかったですね」
「ま、身内にそう言ってもらえて良かったよ。客には文句を言う奴もいたから」
「そんなの気にする必要ないでしょ」
 新雪を掻き切るような声が、劇場の天井と照明機器と、自分の鼓膜を揺らす。大がかりな演出機構はとうの昔に電源を落としたはずなのに、青年の周りだけが異様な輝きを放っていた。あるいは己の目が錯覚を起こしているだけなのかもしれないが。
「もし監督に不満があるなら。次も俺が最高の役を演じてみせます」
「随分な自信だな」
「監督の書く話、少なくとも俺は好きですから。逆に聞きますけど俺の演技どうでした?」
 当然、賛辞を与えようと思った。