ある日、バッドエンドの脚本をようやく完成させた男は、紙媒体になったそれを所属劇団の役者たちに配って言った。顔見知りばかりの、過酷なスケジュールを共にこなしてきた家族とも呼ぶべき仲間たちが驚いたようにこちらを見ている。
「次はこの話を上演しようと思う。これまでの路線と違うことも、この劇場の伝統から逸れていることも承知はしている。反対する者は出て行っても構わない。別の劇団に紹介するツテはあるから、遠慮なく言ってくれ」
 明日の予定を確認するような声音、だが今思えば劇作家の声は普段よりも震えていた気がする。結果、スタッフと役者を含めた全員がその場に残った。幸運なことに男は人間関係にも恵まれていた。
「ありがとう」
 バッドエンドの稽古が始まって三日経った頃、稽古場のドアが鋭く叩かれる。三流の詩人はこの日の事を『運命』と表記するだろうが、一流ならば『日常』と訳すだろう。
薄い扉の外には見慣れない青年、金髪が太陽に照らされ、ノック音同様の鋭さで輝いていた。切れ長の自身に満ち溢れた目がは未知の生き物のように細められる。
「ここの主演をやらせてください」
 これが第一声、受付はおろか役者の誰もが唖然とした。ベテランは憤慨し、若手や新入りは周囲の顔色を窺ってはどの反応を取るべきか迷っているようにも見える。そもそもこの青年は誰なのか、なぜ突然ここに来て、なぜ主演を欲するのか。オーディション希望ならもう少し謙虚になるべきではないのか。
様々な疑念が巻き起こる中、一人だけ声を発した人物がいた。例の劇作家だ。現場の雰囲気をぶち壊した青年を追い出す訳でもなく、書きあげたばかりの台本を渡し男は言い放つ。
「第4項、やってみて。君の演技を見て決める」
 そうして数時間後、青年はみごと主演を射止めた。劇団創立以来、前代未聞の大抜擢だ。誰も異論は唱えなかった。脚本兼演出家という最高権力者が決定したからではない、青年の演技に誰も文句が言えなかったからだ。
これまで舞台に立った経験がないにも関わらず、彼は舞台の上で堂々と美しく、時に凛々しく、残酷で非道に振る舞い。与えられた役を見事に全うした。客はもちろん仲間からも称賛の拍手喝采が巻き起こる。
『なぁ監督さん!あの新しい子は誰なんだ?』