『ワグくんは才能あるよ、俺が保証する!それに……俺自身も芝居が好きだからさ。観に来る理由なんてそれだけでも充分じゃない?』
 昨年の十一月に行われた卒業公演の間近、舞台裏で出番を待つコイツを見ながらやっぱり器が違う、と思ったのは記憶に新しい。役者には色々なタイプがいるが、グラッシュは『努力の痕跡』を内外に一切見せないタイプだった。観客にはもちろん、役者仲間や裏方にさえ苦労の跡を微塵も見せない。きっと俺たちの知らない所で必死の努力をしているんだと勝手に妄想しているが、それもあくまで第三者である俺の推測でしかない。だからこそ世間はグラッシュを『天才』と称賛した。
あっという間に関係者の輪の中へと溶け込んだ戦友を尻目に、俺は劇場の撤収作業へと向かう。搬入口の重たい扉を押した瞬間、大声と滑車の車輪音が飛び込んで来た。
「おーい!……ここにあったマイクセットどこだ!?」
「まだ誰か付けたままなんじゃないですか?」
「作業台AからCまで!トラックに積むから手伝ってー」
「衣装脱いだやつから回収しまーす!」
 これから年末のカウントダウン番組でも始まるんじゃないかという忙しさ、目まぐるしさ、騒がしさ。熱と埃と汗の匂い、公演が終わるたびに舞台裏は戦場さながらだった。公演の出来栄えや反省点を語っている役者たちを視界に入れながら、俺たちスタッフの片づけ作業は本日も全力だ。時間に間に合わないと劇場に迷惑がかかる、かといって出演者の思い出語りに水を差したくもない。
「ワイグナーさん、出演者へのプレゼントどうしましょうか?」
「あー、休日明けにそれぞれ配るから宛先ごとに分類しといて。まとめてここに……いや、俺が持って帰るわ」
「了解です!」
 舞台上で演じる、ただそれだけに専念できたら。ここ8年の間に毎日考えてきたことだった。他劇団のオーディションへこっそり参加し『残念ですが』という審査員からの顔を拝むたび、とうの昔に慣れきってしまった虚無感を静かに飲み干す。前置きの詫び文があるのはかなりマシだ。ほとんどの団体が、まだ実技審査中にもかかわらず『ハイ君、もういいよ。お疲れさま』とだけ言い放ち、俺を意識の外へと放り出していく。最初の数年間、もしかしたらまた連絡がくるかもしれない、と儚い希望を抱いていた時期もあったが。それらの劇団からお声がかかることはなかった。連絡先も消した。