「はあ、ぎっくり腰?」


「段ボールを持ち上げたらそれが…中が入ってると思ってたら…空っぽだった」
「気をつけろよ危ないな」


 煙草屋の番台後ろで寝たっきり身動ぎ出来ない爺さんを見つけたのはここに大学の課題を忘れたからだった。幼い頃に両親を亡くして祖父母の家で育った自分に、婆さんはひどく甘い。隙あらば甘やかして声をかけてくるのは有難いが課題に集中出来ないためと、爺さんが仕事中よくその事務所の隣の部屋に持ち込み、なんならそのまま大学に行っていた。

 なのに今日来たらこれだよ。

 いたたた、と腰をさする爺さんの代わりに番台に座る。程なくして先程呼んだ救急車のサイレンの音がして、担架を担いだ隊員が乗り込んできていちごミルクの飴を舐めながらび、と軽く敬礼する。


「聡介、ちゃんと代行頼んだぞ…お得意さんのあの…たなか…なかたのご子息には」
「ラッキーストライク」
「目つきの悪いヤクザみたいな人に」

「セブンスターだろ。覚えてるからもうはよ行け」


 しっし、と手であしらえば隊員が会釈をし、それに倣うように頭を下げたら喧騒自ら離れていった。はー平和。糖分。糖分大事、といちごミルクの飴の袋を隣に置いたまま早朝、朝の光を感じながらテキストを開いてシャーペンを手に取る。

 弁護士になる夢がある。幼い頃見たドラマの影響なんてそれは安直な思想だが、その手でここまで自分を育ててくれた祖父母に立派に恩返しをしたい思いと、それから自分に似た境遇の人間の手助けになりたいと思う。なれるかはわからない。至極難しいそうだ。それでも自分が折れない限りは志す価値も可能性も挫けない、いつもそう思っている。


 ふいに光が射した。それは参考書で、身を乗り出すと空に虹色の輪っかがある。あれ、名前なんだっけ。


「………日暈(ハロ)


 今日はいいことありそうだ、と。

 微かに笑った瞬間、物凄いスキール音が鼓膜を(つんざ)いた。















 一瞬、何が起きたか分からなかった。

 動けない。あつい。おもい。ぐらぐらする。ゆっくりと息を吐き出せば気が遠くなるような痛みが全身を駆け抜けて泣きそうになった。車が突っ込んできたらしい。煙、火花。運転手とその助手席はボンネットごと見事にひしゃげ、人が乗っていたかどうかも疑わしい。どいてくれ重いから。そう思うのに、その車体はあろうか俺の体ごとしっかり巻き込んでいるようだった。

 下を向くと赤が見えた。もうたぶん機能しないだろう。呼吸が浅くなって、肺が潰れているのか小刻みにしか息を吐けない。たぶん、もう助からない。なんで。くそ。ふざけんな、と持ち上げた頭を下ろした瞬間、泣き声がした。