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梅雨の雨も和らぎ6月の下旬に入った。
「おはよう宮村君!」
「おはよう」
隣の席に加賀君が座りリュックから教科書を出しているのを横目でボーと眺める。
白くてサラサラした髪が左右に少しずつ揺れる光景にちょっとだけドキドキする。
チャイムがなりホームルームの終わり頃に先生がやる気のない声で
「今日は体育祭の出場種目決めるから各自あらかじめ決めておくように」
とだけ言ってホームルームの時間を3分ほど残して出ていった。
そして、ホームルームの残りの時間と休み時間はその話題で持ち切りだった。
1時間目が始まり先生に進行を任されたこのクラスの優等生代表の学級委員の男女2人が前へでて、女子の方が黒板にチョークで軽快なリズムで綺麗な文字を書いていく。
黒板には
「選抜リレー」
「玉入れ」
「二人三脚」
と書かれてある。
「今年も全員リレーとその他にこの三つの中から全員何かに出てもらうので出たいものに手を挙げるようにしてください」
学級委員の男子がそういうとクラスがざわつき始める。
「今年は何にする?」
「俺去年二人三脚で1位だったぜ」
「私は玉入れに行きたいから一緒にいこ」
「正直どれでもいいわ」
先生がうるさいと一喝して教室が静まる。
「とりあえず希望を取るからやりたいところで手を挙げて」
と言い一つ一つ種目を読み上げていく。
僕は玉入れに手を挙げると隣で加賀君も手を挙げて心の中で少し喜んでしまう。
「希望を取って選抜リレーは人数がピッタリなんですけど玉入れの人数が大幅に超えているので移ってもいいと人いますか?」
その言葉を合図にどれでもいいと言っていたグループの人達が一斉に二人三脚へ移る。
だが、あと1グループだけ足りないままだ。
「あと1グループだけなんですけど誰か移ってくれる人いない?」
そう聞いても教室はざわつくだけで誰も手を挙げようとしない。
「お前いけよ」「やだよ、お前がいけばいいじゃん」
などの押し付け合いが始まり先生が困り顔になっていた。
「なぁなぁ、宮村君?一緒に二人三脚に移らない?移ってもいいんだけどまだあんまり知らない人とやるのが怖くて」
加賀君から急に声をかけられびっくりしたが
なるほど。だから加賀君は玉入れに手を挙げたのか。
加賀君と一緒にできるのならと二つ返事で引き受けることにして2人で一斉に手を挙げると顔をしかめていた先生の表情も和らいだ。
「加賀と宮村のペアで決定だな。次の時間は練習だから自分の出る競技を忘れないように」
と最後は先生が締めくくる。
そう言っている間も「宮村と加賀ありがと!」という声が聞こえてこんなことをしたことがなかった僕は気分が良かった。
同時に、同じ「目立つ」という行為に関してもこれ程までに違うのかと実感した瞬間でもあった。

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次の授業は体育祭の練習。
そのため外に出てグラウンドに整列すると先生はグラウンドを3つに分けてそれぞれの練習場所を作りそれぞれで練習しろと声をかけた。
「宮村君って二人三脚したことあるの?」
「ないかな。去年は玉入れだったし中学の頃は二人三脚自体がなかったしね」
「そうなの?俺はしたことあるから任せといて!」
加賀が胸を張って自信満々に言う。
「よし!とりあえずやってみるか」
と、僕の左足と自分の右足を紐でくくるとスっと立ち上がる。
一瞬ドッキっとしたが悟られないように顔を引き締め直す。
「いくぞ、そーの…」
と言うと僕達は一瞬で転んだ…
僕は括った左足を、加賀君は括ってない左足を出したのだ。
「いった…宮村君大丈夫?」
「大…丈夫…加賀君も平気?」
「おう!てか、1歩目で転けるとか初めてだわ」
「ハハ…僕もだよ…」
2人でよろよろと慎重に立ち上がる。
「今度は括ってない足から出そう」
「分かった。括ってない足ね」
「いくぞ、そーの…」
「1、ニッ…」
次は歩幅が会わずに2歩目で転んだ。
「ここまで合わないことがあるのか」
「ここまで来たらびっくりだよ。ほんとに」
「練習あるのみだな。とりあえず」
加賀君がそう言うと僕らは必死で練習した。
だけど、少しづつは良くなるもののこのままじゃ体育祭に間に合わない。
焦っていると転けて倒れている僕らの横に先生が立っていた。
「お前ら、いくらなんでも下手すぎだろ…後で保健室で消毒して貰っとけよ」
「先生!なんで俺達こんなに上手くいってないんだと思う?」
「…仲が悪いから?」
「え、宮村君もしかして俺に誘われて嫌々…」
「違う違う。そんなことない。絶対に。」
「お…おう…そうか」
…この先生はなんてことを言うんだ。
「まぁ、お前らはお前らで頑張ってくれ」
そう言い残すと違うペアの練習を見に行ってしまった。
「そうか、仲が良くないのか?」
真剣に考える加賀君に少し見惚れながら声をかけようとしたがそれより先に加賀君の口が開いた。
「俺達未だ君付けだし名前呼びにしようぜ!これで仲がいいって感じしない?」
…訂正。先生案外いい仕事したかもしれない。
「宮村君の下の名前って颯馬だよな!」
加賀君に下の名前まで覚えてもらっているということにドキッとするのを表情に出さないようにして答える。
「合ってるよ。加賀君は夏海だよね?」
「そうだぜ!改めてよろしくな颯馬」
「よろしく夏海」
それからの練習は呼び方を変える前より少し良くなりこれなら体育祭に間に合いそうという感じだ。
夏海はやっぱり先生の言ったことは間違いなかったか…と言っていたがきっと良くなったのは下の名前を呼ばれて僕のモチベーションとテンションが上がったからだろう。
…恥ずかしい。
その日の練習は終わり、夏海と保健室で転けまくってできた擦り傷を消毒してもらった。
保健室のおばちゃん先生は「まったく馬鹿ね〜もっと気をつけなさい」と僕達を叱りるが顔には微笑を浮かばせていて僕達学生の青春を応援してくれているようにも見えた。
消毒をして絆創膏を貼って「もう来るんじゃないよ」と言うと夏海は「気をつけま〜す」と笑いながら返事し、「な?颯馬」と僕にアイコンタクトをした。
先生からわかっているのかしらと呆れられていたが夏海のその笑顔がとても無邪気で子供そのものだった。

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そして、迎えた体育祭当日。
開会式や準備体操が終わると全員リレー、選抜リレー、玉入れと着々と進んでいく。
「次は二人三脚です。出場する生徒は集合してください」
と、アナウンスがかかる。
クラスのテントで夏海が僕の肩に手を置き
「よし、颯馬!練習の成果見せるぞ」
「うん、頑張ろう」
お互いに喝を入れ合うとグラウンドの中央へ向かって歩いていく。
「結構な人が見てるな…緊張する」
「夏海って緊張するんだ…意外…」
「誰でも緊張くらいするだろ」
「…転けたらどうしよう」
「不安か?」
「そりゃ…不安だよ」
「諦めなかったら何とかなるもんだぞ」
グラウンドの指定の位置に座らされると足を結ぶハチマキを受け取る。
夏海はそれを慣れた手つきで僕の左足と自分の右足に結びつける。
「もうつけるの?早くない?」
「慣れといた方がいいだろ」
そういうと目の前からピストルの音がしてお互いびっくりして顔を見合わせて笑っていた。
…そして、自分達の番になりスタートラインに立つ。
「外側からだぞ。颯馬」
「分かってるよ」
夏海は僕の肩に腕をまわし肩を組んだ。
毎度この瞬間だけは何度やっても慣れない。
「位置について…よーい…」
ピストルの音が快晴の空に鳴り渡る。
「1、2、1、2…」
スタートしてからは順調だった。
練習の成果が出てる。
コースはトラックを一周。
最初にカーブを曲がる。
前には2グループ。後ろに4グループいる。
いける。
このまま1位を取れる。
そう思った瞬間視界が揺れる。
僕と夏海はそれぞれ反対方向へ倒れ膝がジンジンと痛んだ。
後ろから2グループ通り過ぎていく。
あぁ、これが終わったら皆になんて言われるかな…夏海まで巻き込んでしまった…なんて考え絶望していると夏海が僕の手を取り起き上がらせる。
「諦めるな!まだいけるだろ?」
夏海の太陽にも負けないような笑顔が僕の視界いっぱいに広がった。
…僕はこの笑顔にいつも元気を貰った。この太陽のように眩しい笑顔でいっぱいな君に惚れたんだ。まだいける
大丈夫。
2人で再び走り始める。
「がんばれ!!」「まだいける!」「あと少し」
クラスの声援が聞こえてきた。
その後前にいたの1グループを追い越し2位と3位がぶつかり転倒。僕達は2位でゴールした。
「ごめん、夏海。僕…」
「何言ってんだよ!颯馬は十分頑張った!」
ヒリヒリと痛む膝の擦り傷など気にならないほど僕と夏海は喜び合った。
「…ありがとう」
夏海には助けられてばっかりだ。
「ありがとうはこっちだよ…」
夏海が何か小さな声で何かを言った気がしたが聞き返しても「なんも言ってないよ!」と笑顔で返されてしまった。
テントに帰ると僕達はクラスの人達に囲まれた。
「転けたのに2位ってすごいよ!」
「よくやったなお前ら」
「練習してたもんね!おめでとう」
皆から賞賛の声を貰い嬉しかった。
認められるというのはこれ程嬉しいものなのかと実感した。
「な、諦めなかったら何とかなっただろ?」
「…うん、そうだね。ありがとう夏海」
「おう!」