高校2年の6月のある日梅雨には珍しい晴れた日だった。
いつもなら皆教室から出て他のクラスの人と話していることが多いが今日はほとんどの人が朝のホームルームのチャイムがなる前に席に着いていた。
噂によると今日転校生が来るらしい。
チャイムがなりクラスのざわつきが静まらない中スーツを来た先生が教室に入り皆を静まらせる。
いつもやる気がなくホームルームも時間を残して早々と出ていってしまう程の先生がなんにもない日にスーツを着てきたものだからみんな「やっぱり…」とでもいうような顔で周囲の人と顔を見合わせている。
「今日から転校してきた人がいるから紹介するぞ。入ってこい」
そういうと先生が入ってきた扉から1人の白髪の男子が入ってくる。
「あれ?髪染めてる?」「白髪?」
など、再びクラスがざわめく。
「この学校髪染めたらダメんじゃないの?」
「染めていいなら私も染めた〜い」
ズルくない?とちょっとキレ気味に女子達が騒ぐ。
転校生の頭髪は陽が差し込むとまるで透明のように透き通り振り積もった雪のような優しい白色だった。
「まぁ、聞け。自己紹介を頼む」
先生が今にも反乱を起こさんとばかりにする女子軍団を静止させ転校生にアイコンタクトを取る。
「加賀夏海です!色素が薄くて髪の毛が白っぽいけど染めてません。地毛です!皆さん今日からよろしくお願いします!!」
元気のいい挨拶。太陽のように眩しい笑顔。
加賀夏海。その名前を何度も心の中で唱えてしまっていた。
みんなは「あれって本当に地毛なの?」とか異論や疑問を持って加賀夏海の髪色に注目しているがそんなのあまり関係はなかった。
あぁ、ダメなのに。
もう一度同じ誤ちは繰り返さないと決めたのに。
自己嫌悪に陥っているも彼はいつの間にか隣にたっていた。
「俺君の隣の席だって!今日からよろしくな。君の名前は?」
さっきのような眩しい笑顔。
ちょっと前まではまだ大丈夫かもしれないと思っていたけど今ので完全に悟ってしまった。
彼に恋をしてしまったのだ。
この気持ちは隠し通さなければならない。
気持ちに整理を付けるとよろしくと返す。
「僕は宮村颯馬。よろしく」
おう!よろしく。と元気な返事が笑顔と共に帰ってきた。
男の僕はまた、男に恋をしてしまった。

※※※※※※※※※

僕の恋愛対象が男だと分かったのは中学生の時。
最初から男が好きだったのではなく恋愛対象として女の子が好きになれなかっただけ。
女の人が特別嫌いとかではないし、普通に女友達もいたし話もできていた。
皆がどの女の子が可愛いとか話している時は内心そうか?と思いながら話を合わせていた。
そして、ある時に1人の男の子に恋をした。
長谷部実。
ほとんど関わりなどなかったがスポーツや勉強が出来て学校の人気者だった。
当時の僕に性別なんて些細な問題でしか無かった。
ある時総合の授業で同性愛や性別についての授業。「LGBTQ」についての授業をしたことがあった。
心の性別と体の性別のことについてや恋愛対象は…という話だった。
僕はそれに熱心に取り組んだ。
それを勉強していると自分が見えてくるような気がしたから。
そして気がついてた。
僕は男が好きなのかもしれないと。
僕はLGBTQについての調べ課題を一緒にやっていた友達にそのことを話してしまった。
性別なんて些細な問題でしか無いと思っていたから、誰でも理解してくれると思っていたからつい話してしまったのだ。
そしてその話は僕が帰るまでにクラス中に広まってしまっていた。
その日、帰ろうとして教室から出ようとした時に長谷部さんが声をかけてきた。
「なぁ、宮村。お前男が好きなの?」
「え、まぁ、そうかもしれないなって話」
「は?気持ち悪。お前普通じゃないよ」
その言葉が僕の心を深く抉った。
長谷部君はそれが正しい行いのように。悪者の僕を潰すように言ってきた。
心臓が突然早くなり冷や汗もかいてくる。
さっきまで気にしてなかった周りの視線がいつもと違うことがわかった。
「今まで俺達のことをそういう目で見てたってこと?ホントにやめてくれない?」
言葉に怒気が込められていた。彼はここにいるみんなの声を代弁したような…
全員をそういう目で見ているわけじゃないのに他の人から見たら僕はただの異端者で変わり者でしか無かったようだ。
僕は何も言わずに走って教室を抜けた。
帰りは下を向いて溢れそうな涙を止めながら帰った。
この話はしてはいけない話だったとようやく気づいたのだ。
その時からこの感情に蓋をして生きていこうと誓った。

※※※※※※※※

帰りに加賀君に学校を案内するように言われて僕は加賀くんと学校の色々な場所を巡っていた。
加賀君の白髪には最初はみんなが驚いたものの加賀君の人に好かれる性格で放課後には白髪のことを誰も否定的な目で見ることは無くなっていた。
そして、僕は好きになってしまったものは仕方ない。と開き直り他の人にバレないようにすることに重きを置くことにした。
「ここが図書館ね。学生証があれば本が借りられるから」
「学生証がいるのか。てか、この学校の図書館広いな〜!」
加賀君は図書館に入り辺りをキョロキョロと見まわす。
「そう?どこもこれくらいじゃないの?」
図書館は教室2つ分程の大きさはあるものの無駄に大きな机とすごい数の本棚でぎゅうぎゅうで椅子に座るのは別としてゆっくりできるスペースなんて規模の小さい部活の部室並だった。
「俺、前までは結構な田舎に住んでたからさ学校の図書館にある本とかめっちゃ少なかったの」
毎度その笑顔にドキドキしながら案内をする。
図書館の後は音楽室、理科室、体育館など移動教室の時に使う教室までの道を紹介する。
加賀君はどこへ行っても目を輝かせていた。
その顔を見るだけで案内した甲斐があったと思った。
一通り案内が住む頃には最終下校のチャイムがなろうとしていた。
「うわ、もうこんな時間!俺が喋りすぎて止めたせいだ…ごめん。」
「全然いいよ。気にしないで」
「そうか?」
「でも、悪いから家まで送るよ」

…え?


というわけで僕と加賀君は一緒に帰路についた。
この地に来て間もないというのに断っても意地でも送ると言い切ってくれた加賀君に内心乙女並みにトキメキながら肩を並べて昇降口に向かった。
学校を出てからは加賀君の転校前の話やこの学校の話などで盛り上がっていた。
夏でもなかなかの時間になっていたため辺りは暖かいオレンジ色に包まれていた。
「夕日が綺麗だな」
突如そう言った感慨深い顔をした加賀君の顔に僕は見惚れてしまった。
彼のその透明な髪は夕陽の優しいオレンジ色に染められ、儚い雰囲気を醸し出していた。
「そういえば、加賀君のその髪も白くて綺麗だよね」
本心を何気なく口に出してしまったのだが加賀君は一瞬驚いたような顔をしていつもの眩しい笑顔に戻っていた。
「サンキュ。でも、この髪のせいで結構苦労したんだよな〜」
「そうなの?」
加賀君は自分の髪を右手の人差し指で弄りながら困ったような笑顔を浮かべた。
申し訳ないが加賀君はあんまり繊細に物事を悩むタイプではないと思っていたしこの学校に来たみたいに髪色よりも惹かれる性格があるからそういうのもあんまりないと思っていたのだが失礼だった…。
「そう!さっきも話たけど俺田舎出身だからあそこの人ら頭が固すぎんだよ」
過去の自分とあの教室の光景がフラッシュバックする。
思い出したくもない記憶をまた、頭の1番端に押しのけた。
「大変だったね」
労る気持ちも加賀君にとってどうたら得られるかは分からなかったが同じ境遇にいた人にはそう言葉をかけずにはいられなかった。
「でも、ある時に知らない子が俺を助けてくれたんだよ。今でもその言葉を覚えてる。その子がいたから今俺がいると言っても過言ではないかもな!」
その言葉を聞いて少し嫉妬してしまった。
自分にお前はなんて最低な奴なんだと心の中で叫び、凹む。
加賀君は今まできっと僕と同じような酷い仕打ちを受けてる可能性もあるのにそんな加賀君のヒーローに向かって嫉妬してしまうなんて…。
「加賀君はいつでも前向きだね。尊敬するよ」
自己嫌悪による気分の落ち込みが顔に出ないようにして言ってみるが言葉は本心そのものだ。どんな困難にも前向きに物事を考えることのできる力。僕にもほんの少しでもいいから分けてもらいたいくらいだ。
すると、加賀君は一瞬だけ悲しそうな顔をした後瞬きする間にいつもの笑顔に戻っていた。
僕の勘違いだったのだろう。
夕陽のせいで儚い雰囲気を纏っていたからなんだろう。と、勝手に自己解決をする。
「そうか?でも、下を向いててもいい事なんてないからな!」
真っ直ぐ己を貫く加賀君らしいなと思う。
そのまっすぐで眩しい。太陽のような性格と笑顔に僕は堕ちてしまったんだ。
だが、まだ気づいていなかったのだ。
太陽には近づき過ぎると火傷所では済まなくなるということを。

※※※※※※※※
その後本当に加賀君は僕の家までついてきてくれて別れ際にはスマホの地図アプリを不慣れな動作で操作していたのを見て内心クスッと笑いながら操作方法を教えてあげると学校案内の時と同じ、眩しい笑顔を向けてお礼を言ってくれた。
そんな加賀君のかっこいいところとかわいいところが見れて満足であったが加賀君が地図アプリを使いこなせてお互いが見えなくなるまで手を振ったところで僕は家のドアを開けた。
「ただいま」
家に着いても返事はない。
唯一返事をしてくれる兄さんも今は母さんに捕まっているようだ。
「裕太大学の模試A判定じゃない!!」
兄は僕とは比べ物にならないくらい優秀で県内トップの高校へ進学し強豪で有名な陸上部のエースなんだとか。
そのことを他と比べるのが大好きな母さんと父さんは兄さんを溺愛している。
それでも、兄さんだけはいつも僕の味方をしてくれている。
僕がこの家から追い出されていないのは兄さんのおかげなんじゃないかと勝手に僕は思っているほどに。
「やっぱり普通の子とは違うわね!…それに比べて颯馬は…」
と、ため息をつく。
兄さんも僕も同じ「普通じゃない子」なのになぜ兄さんは優遇され僕は貶されなければならないのだ。
僕が同性愛者だと知った僕の母は僕を思いっきり殴った。
父は元々温厚な性格だったためそれを止めに入ってはくれたもののその異質な何かを見る目をやめなかった。
その場は父と兄さんのおかげで収まったが僕を精神科へ通わせようとしたり異端の目を向けることはやめなかった。
それ以来僕は家でも学校でも心が休まる時間などなかった。
「ほんと、なんでお兄ちゃんはこうなのに颯馬は…」
兄さんは止めようとしたがそう吐き捨てたれた言葉に僕は耐えきれず2階の自分の部屋まで駆け上がっりベットに転がり込んだ。
さっきまで夕陽で真っ赤に染まっていた空が雨雲の黒で隠され、雨が降り始めようとしていた。
…神様…普通ってなんですか?
母さんが言う「普通」とは
クラスの皆が言った「普通」とはどんなものなんでしょうか。
それもくだらないことだと思い枕に顔を埋め込んで外のどんどん強くなっていく雨の音で聴覚がいっぱいに満たされるのを感じながら僕は深い眠りについた。