プリーツスカートの上に尻尾がある。
明るい金色の毛に覆われ、
白色のシマ模様が均等に並ぶ。
人間は進化の過程でいつしか尻尾がなくなった。
なんてことを、僕は思い浮かべたりもした。
「どうよ? ボクの可愛いシッポは。」
尻尾の持ち主で、幼馴染の彼女がたずねた。
一人称はむかしのまま、『ボク』だった。
彼女は半月型の大きな瞳で
背の小さな僕を見下ろす。
少し背が高くて持ち前の性格で自慢の尻尾を、
引っ込み思案の僕にまで見せつけてくる。
「反応に困る。」
僕は彼女に正直な感想を述べた。
声変わりしない、変な高い声で。
昨日までの彼女に尻尾はなかった。
わざわざスカートに穴を開けてまで、
尻尾を生やした理由がわからない。
理由がわからないので、
そんな感想しか出てこない。
「あ、そう。」
彼女の普段の明るい顔が急に色あせて、
興味をなくしてそっぽを向いた。
彼女は小学校時代から僕の知り合いで、
中学校は別の学校だったのだけれど、
高校は同じ教室にまでなった。
少年少女時代をお互いに知っていて、
共通した思い出はあるものの、
思い出を共有しあうほどの仲ではない。
そもそも僕と彼女は住む世界、
吸ってる空気が違うんだと思う。
身長のせいだけではない。
彼女がオアシスに降り立つ美しい鳥なら、
僕は苔生す石の裏に潜む虫がいいところ。
自虐的だけど、虫かどうかも怪しい。
16歳になると人は尻尾を生やせる。
尻尾に限らず耳もケモノの耳にできるし、
顔ごとケモノに変えることだってできる。
〈ニース〉というのはそういう技術だ。
新青年構想(New Young Scheme)。
その頭文字を取って、
用いた人を〈NYS〉と呼ぶようになった。
〈ニース〉にしたからといって、
人間を辞めるわけではない。
容姿や身長、体型や運動能力、
さらには生まれ持った性別などの
あらゆる劣等感を軽減させ、
幸福感を得るためのひとつの生き方だ。
〈ニース〉の恩恵を受けて結婚する人も多い。
整形手術よりも手軽で、リスクも一切ない。
二重糊や染髪感覚で行う時代であり、
すぐに元に戻すことも可能だ。
親指と人差し指の先をくっつけて開くと
表示された〈個人端末〉で彼女を走査する。
〈個人端末〉には彼女の個体情報が映る。
名前や住所、もちろん誕生日もわかる。
いまは個人の情報を秘匿する時代ではない。
顔が手軽に変えられる時代ならばなおのこと。
誕生日を暗証番号に入力する人なんていないし、
罪を犯せば三つ目の機械人形、〈キュベレー〉に
よって〈厚生局〉へと連行される。
彼女はきょう、16歳の誕生日を迎え、
〈ニース〉の技術で尻尾を生やした。
僕はそれを羨ましく思う。
僕が16歳の誕生日を迎えるまで、
まだ10か月も先だと思えばため息が出た。
つまり僕はあと10か月も、
石の裏で過ごさなくてはいけない虫だ。
早くに生まれた人はそれだけで羨ましい。
〈ニース〉によって、自分の顔を
好きに変えられるのだから。
有名人、モデル、隣の人気者、さらには動物の頭。
〈ニース〉を使えば、もはや性別さえも
気にする必要がなくなる。
〈ニース〉な彼女はといえば、尻尾をふりふり。
本来、人間に尻尾はない。
それを無理やりに動かすのも、
〈ニース〉の技術があってこそだ。
〈ニース〉の技術によって
形状を変えるだけの〈デザイナー〉から、
身体能力を向上させる〈パフォーマー〉になった。
僕にお尻を見せて、尻尾を大きく左右に振った。
「どうよ?」
ふつ日連続で自慢された。
羨望の眼差しがバレたのかとも思ったが、
そうでもなかったので、また
そっけない感想で彼女をあしらう。
「あぁ、誕生日おめでとう。」
「えっ、うん…ありがとう。」
と、彼女はなぜか照れくさそうにするので、
驚いた僕は目を皿にした。
追い払うように言うのも失礼に思ったので、
1日遅れで誕生日を祝福したらこの反応。
尻尾を見せびらかすために、
お尻を向けてくる彼女は、いまさらになって
尻尾と一緒に羞恥心でも芽生えたのだろうか。
そんな彼女は学校でよく告白される。
〈ニース〉のおかげで、されるようになった。
旧時代的なラブレターが学校内で流行っていて、
彼女はそれを手にして学校中をフラフラしている。
元から人に好かれる性格なのもあるだろう。
高校デビューからひと足早く〈ニース〉で、
自己実現を果たした彼女に大勢が魅了された。
〈ニース〉で修正するまでもない端整な顔立ちに、
細い身体はほどよく引き締まっている。
男女ともに人気者で、彼女もわけ隔てなく接する。
彼女とは別の世界に住む僕のような別の種族は、
そうした行為を好まない。
相手の善意を好意と勘違いするからだ。
チョロいやつだと思われたくはない。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
彼女はどこへ行っても尻尾を振ってよく笑う。
誰か特定の相手がいる様子もなく、
尻尾を振って、相手も振るのだ。
それがよくわからなかった。
彼女の媚びは冷たく、
向ける好意は極めて浅い。
しかしそれを受けた周囲の反応が、
悪意や敵意に変わるわけでもない。
普段どおりの、自由奔放な性格だからこそ、
皆が等しく彼女を好いているのであろう。
僕には彼女のようなマネはできない。
そんな彼女がこんな僕に
ちょっかいを出す理由もわからない。
こんな日陰の虫を棒でつつくような趣味は、
彼女の好奇心によるものだろうか。
「ネコの尻尾を付けたなら、
耳は付けないのか?」
と、尻尾を見せつける彼女に僕はたずねた。
彼女ならなんでも似合いそうなものだ。
「付けて欲しいの?」
「そんな趣味はないよ。」
と、話題を振った僕が、要望を否定した。
〈ニース〉であれば、顔ごとネコにもできる。
僕が16歳になっても、
きっとそんな姿にはしないだろうな、と思う。
いまの僕が望むのは、いまとは真逆の姿だ。
でも彼女はこう言った。
「だよね。だって、キミって、
いつもボクのお尻を見てるじゃん。」
「えっ?」思わぬ言葉に動揺が隠せなかった。
「ボクとはあんまり目を合わせてくれないけど、
いつもお尻を目で追ってるの、丸わかりだよ。」
彼女の言葉に僕は羞恥心で身体が熱くなる。
そんなに露骨に見ていたことに気づかなかった。
「いや、それは…。」
下心があったわけではない。
否定しようにも言葉に詰まる。
「ボクがシッポを付ける前からだよね。」
彼女の言う通り。
「…そうだよ。」かき消えそうなほど小さな声だ。
僕はずっと彼女のお尻を見ていた。
プリーツスカートの似合うお尻のライン。
それが僕の目を釘付けにした。
念を押すが、下心があったわけではない。
「ちゃんと女の子みたいに振る舞える、
君が羨ましかったんだよ。」
吐露した心情と共に、
胃の中のものまで吐き出しそうだった。
僕は彼女の生き方を羨んでいた。
男子なのに女子として過ごすことができて、
伸び伸びとしている姿に僕も例にもれず
心奪われていた。
僕もそうありたいと思っていたが、
〈ニース〉がなければそれは絶対に実現しない。
女子の僕には、彼女のように
生まれ持った性別に関係なく
生きる勇気がなかった。
「そうなんだね~。
ボク嫌われてなかったんだ。」
彼女の顔がほころぶ。
半月型の目が、苔生す石の裏から出てきた
虫を見つけて喜んでいる。
「ん~、これってもしかして、相思相愛?」
「ちがうからっ!」
僕の誤解が解けるのはきっと、
10か月以上後になるだろう。
(了)
――――――――――――――――――――
関連作品のご案内。
『イリーガル・ガールズ』(長編)
https://novema.jp/book/n1636569
明るい金色の毛に覆われ、
白色のシマ模様が均等に並ぶ。
人間は進化の過程でいつしか尻尾がなくなった。
なんてことを、僕は思い浮かべたりもした。
「どうよ? ボクの可愛いシッポは。」
尻尾の持ち主で、幼馴染の彼女がたずねた。
一人称はむかしのまま、『ボク』だった。
彼女は半月型の大きな瞳で
背の小さな僕を見下ろす。
少し背が高くて持ち前の性格で自慢の尻尾を、
引っ込み思案の僕にまで見せつけてくる。
「反応に困る。」
僕は彼女に正直な感想を述べた。
声変わりしない、変な高い声で。
昨日までの彼女に尻尾はなかった。
わざわざスカートに穴を開けてまで、
尻尾を生やした理由がわからない。
理由がわからないので、
そんな感想しか出てこない。
「あ、そう。」
彼女の普段の明るい顔が急に色あせて、
興味をなくしてそっぽを向いた。
彼女は小学校時代から僕の知り合いで、
中学校は別の学校だったのだけれど、
高校は同じ教室にまでなった。
少年少女時代をお互いに知っていて、
共通した思い出はあるものの、
思い出を共有しあうほどの仲ではない。
そもそも僕と彼女は住む世界、
吸ってる空気が違うんだと思う。
身長のせいだけではない。
彼女がオアシスに降り立つ美しい鳥なら、
僕は苔生す石の裏に潜む虫がいいところ。
自虐的だけど、虫かどうかも怪しい。
16歳になると人は尻尾を生やせる。
尻尾に限らず耳もケモノの耳にできるし、
顔ごとケモノに変えることだってできる。
〈ニース〉というのはそういう技術だ。
新青年構想(New Young Scheme)。
その頭文字を取って、
用いた人を〈NYS〉と呼ぶようになった。
〈ニース〉にしたからといって、
人間を辞めるわけではない。
容姿や身長、体型や運動能力、
さらには生まれ持った性別などの
あらゆる劣等感を軽減させ、
幸福感を得るためのひとつの生き方だ。
〈ニース〉の恩恵を受けて結婚する人も多い。
整形手術よりも手軽で、リスクも一切ない。
二重糊や染髪感覚で行う時代であり、
すぐに元に戻すことも可能だ。
親指と人差し指の先をくっつけて開くと
表示された〈個人端末〉で彼女を走査する。
〈個人端末〉には彼女の個体情報が映る。
名前や住所、もちろん誕生日もわかる。
いまは個人の情報を秘匿する時代ではない。
顔が手軽に変えられる時代ならばなおのこと。
誕生日を暗証番号に入力する人なんていないし、
罪を犯せば三つ目の機械人形、〈キュベレー〉に
よって〈厚生局〉へと連行される。
彼女はきょう、16歳の誕生日を迎え、
〈ニース〉の技術で尻尾を生やした。
僕はそれを羨ましく思う。
僕が16歳の誕生日を迎えるまで、
まだ10か月も先だと思えばため息が出た。
つまり僕はあと10か月も、
石の裏で過ごさなくてはいけない虫だ。
早くに生まれた人はそれだけで羨ましい。
〈ニース〉によって、自分の顔を
好きに変えられるのだから。
有名人、モデル、隣の人気者、さらには動物の頭。
〈ニース〉を使えば、もはや性別さえも
気にする必要がなくなる。
〈ニース〉な彼女はといえば、尻尾をふりふり。
本来、人間に尻尾はない。
それを無理やりに動かすのも、
〈ニース〉の技術があってこそだ。
〈ニース〉の技術によって
形状を変えるだけの〈デザイナー〉から、
身体能力を向上させる〈パフォーマー〉になった。
僕にお尻を見せて、尻尾を大きく左右に振った。
「どうよ?」
ふつ日連続で自慢された。
羨望の眼差しがバレたのかとも思ったが、
そうでもなかったので、また
そっけない感想で彼女をあしらう。
「あぁ、誕生日おめでとう。」
「えっ、うん…ありがとう。」
と、彼女はなぜか照れくさそうにするので、
驚いた僕は目を皿にした。
追い払うように言うのも失礼に思ったので、
1日遅れで誕生日を祝福したらこの反応。
尻尾を見せびらかすために、
お尻を向けてくる彼女は、いまさらになって
尻尾と一緒に羞恥心でも芽生えたのだろうか。
そんな彼女は学校でよく告白される。
〈ニース〉のおかげで、されるようになった。
旧時代的なラブレターが学校内で流行っていて、
彼女はそれを手にして学校中をフラフラしている。
元から人に好かれる性格なのもあるだろう。
高校デビューからひと足早く〈ニース〉で、
自己実現を果たした彼女に大勢が魅了された。
〈ニース〉で修正するまでもない端整な顔立ちに、
細い身体はほどよく引き締まっている。
男女ともに人気者で、彼女もわけ隔てなく接する。
彼女とは別の世界に住む僕のような別の種族は、
そうした行為を好まない。
相手の善意を好意と勘違いするからだ。
チョロいやつだと思われたくはない。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
彼女はどこへ行っても尻尾を振ってよく笑う。
誰か特定の相手がいる様子もなく、
尻尾を振って、相手も振るのだ。
それがよくわからなかった。
彼女の媚びは冷たく、
向ける好意は極めて浅い。
しかしそれを受けた周囲の反応が、
悪意や敵意に変わるわけでもない。
普段どおりの、自由奔放な性格だからこそ、
皆が等しく彼女を好いているのであろう。
僕には彼女のようなマネはできない。
そんな彼女がこんな僕に
ちょっかいを出す理由もわからない。
こんな日陰の虫を棒でつつくような趣味は、
彼女の好奇心によるものだろうか。
「ネコの尻尾を付けたなら、
耳は付けないのか?」
と、尻尾を見せつける彼女に僕はたずねた。
彼女ならなんでも似合いそうなものだ。
「付けて欲しいの?」
「そんな趣味はないよ。」
と、話題を振った僕が、要望を否定した。
〈ニース〉であれば、顔ごとネコにもできる。
僕が16歳になっても、
きっとそんな姿にはしないだろうな、と思う。
いまの僕が望むのは、いまとは真逆の姿だ。
でも彼女はこう言った。
「だよね。だって、キミって、
いつもボクのお尻を見てるじゃん。」
「えっ?」思わぬ言葉に動揺が隠せなかった。
「ボクとはあんまり目を合わせてくれないけど、
いつもお尻を目で追ってるの、丸わかりだよ。」
彼女の言葉に僕は羞恥心で身体が熱くなる。
そんなに露骨に見ていたことに気づかなかった。
「いや、それは…。」
下心があったわけではない。
否定しようにも言葉に詰まる。
「ボクがシッポを付ける前からだよね。」
彼女の言う通り。
「…そうだよ。」かき消えそうなほど小さな声だ。
僕はずっと彼女のお尻を見ていた。
プリーツスカートの似合うお尻のライン。
それが僕の目を釘付けにした。
念を押すが、下心があったわけではない。
「ちゃんと女の子みたいに振る舞える、
君が羨ましかったんだよ。」
吐露した心情と共に、
胃の中のものまで吐き出しそうだった。
僕は彼女の生き方を羨んでいた。
男子なのに女子として過ごすことができて、
伸び伸びとしている姿に僕も例にもれず
心奪われていた。
僕もそうありたいと思っていたが、
〈ニース〉がなければそれは絶対に実現しない。
女子の僕には、彼女のように
生まれ持った性別に関係なく
生きる勇気がなかった。
「そうなんだね~。
ボク嫌われてなかったんだ。」
彼女の顔がほころぶ。
半月型の目が、苔生す石の裏から出てきた
虫を見つけて喜んでいる。
「ん~、これってもしかして、相思相愛?」
「ちがうからっ!」
僕の誤解が解けるのはきっと、
10か月以上後になるだろう。
(了)
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『イリーガル・ガールズ』(長編)
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