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 ――合同ライブまであと二ヵ月。大型連休を終えた久々の登校日は、教室近くまで足を向けたものの、やはり立ちすくんでしまい、逃げるようにその場を離れた。
 保健室に行くと、養護教諭の芦名先生は何も聞かず「今日の分ね」とプリントが入ったクリアファイルを渡してきた。担任の先生から預かったものらしい。「来られたらおいで」と小さくメモも貼られている。毎日同じようにメモを置いていくけれど、教室に行けた試しはない。

 いつものようにプリントをこなして芦名先生に採点してもらっている間、スマホのSNSをチェックする。ここ数日でアズのSNSを通じて出演アーティストが発表されている。よく生配信で絡んでいる歌い手から、楽曲提供をした著名人まで。人気のアイドルが単独で参戦することもあって、チケットの倍率は高そうだ。

「そういえば、ライブが決まったんだって?」

 はい、と真っ赤になったプリントを渡しながら芦名先生は言う。苦手な化学の小テストは今までで一番点数が悪かった。

「アイドルのファンの子が興奮気味に廊下で話しているのを見かけたのよ。朝から元気で微笑ましかったけど」
「へぇ……」
「高田さんと話が合うんじゃない?」
「……無理ですよ」

 その人が好きなアイドルは、おそらくアズが以前楽曲を提供したグループだろう。当時は異例な組み合わせだと話題になり、生配信にもアイドルのファンが顔を出すことが多くなった。
 それでも彼女らは「アズが作った楽曲を歌うアイドル」が好きなだけで、「アズ」そのものが好きなわけじゃない。私がその輪に入っていくことは難しいだろう。

「その子たち、ライブに応募するってさ。高田さんはどうするの?」
「……行かないよ」

 行けないよ。チケットの倍率高いし、買っても転売ヤーが売り出すだろうし。
 何より学校の教室にも入れない、人混みにいるだけで倒れそうになる私には、行く資格なんてない。

『普通に学校に通えるならねぇ』

 いつかの母の言葉が重くのしかかった。