まるでスローモーションのようだった。
彼は宙に浮かんでいて、アスファルトの上で身を投げ出している私は、そんな彼を見上げていた。
地面に叩きつけられて転がっている彼を見て目の前が真っ白になった。
私は必死に走って手を伸ばした。
喉を割くようにして漏れたのは、これまで出したこともないような声だった。
瞬きした次の瞬間には、彼が私のそばからいなくなっていた。
聞こえてくるのは、うるさい野次馬の声とトラックのエンジン音だけ。
膝をつき、私はその場で項垂れた。
手のひらにべっとりと付着するのは彼の血であった。
若葉くんが、トラックに轢かれた。
若葉くんの目が閉じていく。
徐々に体温が冷たくなっていく。
呼吸をしなくなっていく。
──私の、せいだ。
私が、死にたいだなんて一度でも思ったから。
彼に憧れを抱いてしまったから。
幸せだな、なんて烏滸がましい感情を抱いてしまったから。
「なんでもっ……するからっ、若葉くんを連れて行かないでっ!!!」
「…」
「神様っ……お願い!! お願い、だからっ」
「…」
「目を開けて。嫌……、嫌だよ。若葉くんっ!!!」
涙をボロボロと流しながら、息をしていない彼を抱き締めた。
なんで。
どうして。
もっと周りを見ることができなかったのか。
彼にばかり守られて、私は肝心な時に手を差し伸べることができなかった。
──私はまだ、彼に何も返せていない。
「トラックの信号無視ですって…!」
「うわあ、これはひどい…。男の子は助かるのか?」
「きっとあの子を庇ったのね…。お気の毒に」
お願いだから、彼を返して。
辛かったことも今度は自力で乗り越えてみせるから。
彼のいない世界なんて、どうでもいいから。
若葉くんを返してください。
私の願いは静かな夜に木霊する。
一緒に実行委員をした。
一緒に星空を見た。
一緒に、好きなものの話をした。
一緒に花火をした。
栞のプレゼントを喜んでくれた。
まだ、小説を読ませてもらってないよ。
これからしたいこともいっぱいあったんだよ。
どう足掻いたって取り返しがつかないことだというのに、この日、私ははじめて身を焦がすほどに天に願ったんだ。
もし、私が過去をやり直せるのなら。
何度辛い思いをしたとしても必ず私が、彼を救ってみせるのに、と。
「……小娘。その者を助けたいと思うか?」
刹那、何処かから品格のある声が聞こえてきた。
「助けたい」
もう一度、君の笑顔が見たいんだ。
もう一度、好きだと言いたいんだ。
「よかろう。ならばその願い、小僧の時と同じように、特別に妾が叶えてやる」
──ああ、そっか。
やっと分かったよ。
私は一度、君の目の前で死んだのだろう。
そして君は、こうして私を助けてくれていたんだね。
チリン、チリン。
……チリン。
世界のどこかで今日も静かに鈴の音が鳴る。
待ってて。
今行くよ。
もう一度、君に会いに行くから。
今度は私が未来を変えるから。
君が生きている今日のために、私は何度だって人生をやり直すよ。
fin