「ねえ、これからは若葉くんって呼んでもいい?」
「えっ!?」
後夜祭が終わって2人で駅まで歩いていると、突然沢多さんがくるりとこちらを向いた。
僕たちが隠れてコソコソしていたことはクラスの皆にバレていたようで、あとで教室に戻ってから中野さんや加藤くんからも祝福を受けたのだった。
まるで夢みたいな時間だなあ、と浮かれていたのだけれど、沢多さんは時折りマイペースだ。
「私のことも、奈央って呼んでほしいな」
「えっ、ちょっ、それは、まだ早いのではっ」
「もう、早いも遅いもないから! 私が呼んでほしいって言ってるんだから、呼んでくれるよね? 若葉くん!」
ニシシ、と笑う傷だらけの少女。
好き、だなあ。
これから先、どんどんと彼女が僕の特別になっていくのだと思うと、それだけで胸がいっぱいになる。
横断歩道の前で立ち止まる。
揺れるセーラー服。
生唾を飲んで、口を開いて閉じて、また開けた。
「な、」
「な?」
「な、なななななな」
「ななななな?」
「な、お………ちゃん」
「聞こえない。もう一回」
ううっ、鬼畜だ。
もうこれで勘弁してほしいと思ったが、あまりに彼女が期待の眼差しを向けてくるから。
「──奈央ちゃん」
ストン、と唇から溢れた。
「奈央ちゃん」
「うん」
「奈央、ちゃん」
「あはは、なあに、若葉くん」
月明かりに照らされた彼女がキラキラしている。
──本当に、夢みたいなんだ。明日が来る喜びをこれほど実感したことはない。
はじめてしたキスの感触も、熱ったこの頬も。
これからは全部君と享受する。
「君を救えて、よかった」
「……うん」
「どうしたら笑顔にできるのか、ずっと考えてた」
「……うん」
「あの日、あの時、なんだってするって誓ってそれで──」
気がついたら、僕は同じ日を繰り返していた。
嘘みたいな本当の話。
「君は時々、身に覚えのない話をするよね」
「そ、それは……」
「まるで違う世界を見てきたみたいに言うから、不思議だなあって思ってた」
そうなんだよ、とは言えなかった。
哀しい出来事は僕の中で留めていればいい。
これから先にあるのは、明るい未来だ。
沢多さんが笑っている──生きている未来。
名前を呼び合って。
手を繋いで。
放課後は一緒に帰って。
人の目を盗んで、キスをする。
そういう毎日が待っている。
「これからもよろしくね。若葉くん」
信号が青に変わる。
くるりと、またこちらを向いた奈央ちゃんが眩しく輝いた。
──綺麗。
彼女が笑っている姿を目にして、この上なく満ち足りた。
まさか、僕の恋まで成就するとは夢にも思わなかったけれど、これ以上願うことはないくらいに幸せだった。
あの黒猫には感謝しないとならない。
本来だったら、人生をやり直すチャンスなんてないのに、僕にだけ特別な力を授けてくれた。
ねえ、君はどこかで見ているのかな。
僕はちゃんと救えたよ。
奈央ちゃんだけでなく、中野さんや加藤くんとも和解することができたよ。
僕でも未来を変えることができたんだよ。
──きっとこのかけがえのない時間を忘れない。
月明かりだと思ったものは、やがて閃光のように輝く強さが増していく。
彼女の影を飲み込み、暴れ狂うただの光となってこちらに迫ってきていた。
いち、にい、
さん。
「危ないっ!」
鈍いブレーキ音が聞こえてきたのと、ほぼ無意識に僕が走り出したのは、同時だった。
あれ、どうしてだろう。
何が起きたのかも分からないくらいの一瞬の出来事。
彼女を突き飛ばした僕の目の前には、トラックが迫っていた。
「えっ!?」
後夜祭が終わって2人で駅まで歩いていると、突然沢多さんがくるりとこちらを向いた。
僕たちが隠れてコソコソしていたことはクラスの皆にバレていたようで、あとで教室に戻ってから中野さんや加藤くんからも祝福を受けたのだった。
まるで夢みたいな時間だなあ、と浮かれていたのだけれど、沢多さんは時折りマイペースだ。
「私のことも、奈央って呼んでほしいな」
「えっ、ちょっ、それは、まだ早いのではっ」
「もう、早いも遅いもないから! 私が呼んでほしいって言ってるんだから、呼んでくれるよね? 若葉くん!」
ニシシ、と笑う傷だらけの少女。
好き、だなあ。
これから先、どんどんと彼女が僕の特別になっていくのだと思うと、それだけで胸がいっぱいになる。
横断歩道の前で立ち止まる。
揺れるセーラー服。
生唾を飲んで、口を開いて閉じて、また開けた。
「な、」
「な?」
「な、なななななな」
「ななななな?」
「な、お………ちゃん」
「聞こえない。もう一回」
ううっ、鬼畜だ。
もうこれで勘弁してほしいと思ったが、あまりに彼女が期待の眼差しを向けてくるから。
「──奈央ちゃん」
ストン、と唇から溢れた。
「奈央ちゃん」
「うん」
「奈央、ちゃん」
「あはは、なあに、若葉くん」
月明かりに照らされた彼女がキラキラしている。
──本当に、夢みたいなんだ。明日が来る喜びをこれほど実感したことはない。
はじめてしたキスの感触も、熱ったこの頬も。
これからは全部君と享受する。
「君を救えて、よかった」
「……うん」
「どうしたら笑顔にできるのか、ずっと考えてた」
「……うん」
「あの日、あの時、なんだってするって誓ってそれで──」
気がついたら、僕は同じ日を繰り返していた。
嘘みたいな本当の話。
「君は時々、身に覚えのない話をするよね」
「そ、それは……」
「まるで違う世界を見てきたみたいに言うから、不思議だなあって思ってた」
そうなんだよ、とは言えなかった。
哀しい出来事は僕の中で留めていればいい。
これから先にあるのは、明るい未来だ。
沢多さんが笑っている──生きている未来。
名前を呼び合って。
手を繋いで。
放課後は一緒に帰って。
人の目を盗んで、キスをする。
そういう毎日が待っている。
「これからもよろしくね。若葉くん」
信号が青に変わる。
くるりと、またこちらを向いた奈央ちゃんが眩しく輝いた。
──綺麗。
彼女が笑っている姿を目にして、この上なく満ち足りた。
まさか、僕の恋まで成就するとは夢にも思わなかったけれど、これ以上願うことはないくらいに幸せだった。
あの黒猫には感謝しないとならない。
本来だったら、人生をやり直すチャンスなんてないのに、僕にだけ特別な力を授けてくれた。
ねえ、君はどこかで見ているのかな。
僕はちゃんと救えたよ。
奈央ちゃんだけでなく、中野さんや加藤くんとも和解することができたよ。
僕でも未来を変えることができたんだよ。
──きっとこのかけがえのない時間を忘れない。
月明かりだと思ったものは、やがて閃光のように輝く強さが増していく。
彼女の影を飲み込み、暴れ狂うただの光となってこちらに迫ってきていた。
いち、にい、
さん。
「危ないっ!」
鈍いブレーキ音が聞こえてきたのと、ほぼ無意識に僕が走り出したのは、同時だった。
あれ、どうしてだろう。
何が起きたのかも分からないくらいの一瞬の出来事。
彼女を突き飛ばした僕の目の前には、トラックが迫っていた。