『点火まで──、3、2』
"『点火まで──、3、2』"


ドアノブに手をかけたあの夜、扉の先から猛烈な風が吹き込んできた。
目を閉じて、ゆっくりと開けると、バサバサバサッ、と鳥が飛び立つ音がした。

陽が沈んだ薄暗い世界が広がる。
僕の眼前で、艶のある真っ黒な髪が風にのって揺れていた。


『いーち、』
"『いーち、』"


"──…見つかっちゃったか"

危ないよ。そんなところで。
どうして、そこにいるの。
かけた言葉は、彼女には届かなかった。


『キャーンプ、ファイヤー!』
"『キャーンプ、ファイヤー!』"


"君にだったら、話せるかもって思ったんだ"

ひらり、大きく靡いたスカートの隙間から、どす黒い色をした大きな痣が見えた。
彼女の秘密を、はじめて知った。


"だけどなんかもう──辛い"


背筋を撫でるような気持ち悪い風が吹いてくる。
──僕は、君が好きだと言いたかった。
それなのに沢多さんは諦めたように笑う。


"私、こんな自分が本当はずっと嫌いだった"
"沢多さんっ……"
"だからね、堂々と1人ぼっちになれる君のことが、すごく羨ましくて、格好良くて仕方がなかったんだ"

ひらり、ひらり、紺色のスカートが揺れていた。
あの日散ったはずの君の命は、今、目の前で輝いている。


生きている。
生きているんだ。
折れないでよかった。
諦めないでよかった。
勇気を出してよかった。

君との時間はかけがえのないものだ。黒猫が起こしてくれた奇跡は、僕に成長の機会も与えてくれた。



「私も君が好きです。東山若葉くん」



綺麗な泣き笑い。
沢多さんは僕の手のひらに自分のそれを重ねてくると、そっと目を閉じる。

僕たちはその日、皆の目を盗んではじめてキスをした。