『──まもなく、キャンプファイヤーが始まります。みなさま、グラウンドにお集まりください』

17:00。
"文化祭実行委員"という文字が書かれた腕章をつけて、僕は外を歩き回っていた。

沢多さんと一緒に、こっそりとキャンプファイヤーを見るためだ。


「あ、いた」
「東山くん、こっちこっち!」


木陰に隠れて先生たちの目をやり過ごす作戦。
先に場所を確保してくれていた彼女の顔には、あちこちに絆創膏が貼られている。


「その…大丈夫? 痛い、よね」
「あー…うん、めっちゃ痛い。けど、気分爽快でむしろ気持ちがいいかな」
「そ、そっか……」


あれから、沢多さんは中野さんと和解ができたようだった。
2人はお互いに謝りあった末に、場所を変えて本音で語り合ったそうだ。

そして僕は、加藤くん……あらため、龍樹くんに"若葉"と名前で呼ばれるようになった。男子から親しみを込められた呼び方をされたのははじめてだったから、こそばゆく感じるけれど。


「東山くんのおかげだよ」
「ぼ、僕は何も……」
「本当にそうなの。君は、まるでヒーローみたいに手を差し伸べてくれる。辛い時にはいつも君がいてくれた」


違うんだよ。
二度目だからなんだ。
それは、君との時間を過ごすのがはじめてじゃないからだ。黒猫に不思議な力を授けてもらえたからだ。
過去の後悔が僕を突き動かしただけで、本来の僕は、言葉を発する勇気すら持てない情けない人間だった。


『10分になりましたら点火いたします。生徒も、先生も、後夜祭は一緒になって楽しみましょう』


アナウンスが流れると、いよいよグラウンドが賑わいはじめる。

──ねえ、沢多さん。
僕は一度、君とこの灯りを屋上から見下ろしていたことがあったんだよ。
地獄のような光景だった。沢多さんが目の前で落ちていく様子。手が届かなかったことに絶望して、泣いて泣いて泣いて、声がすり潰れるくらいに慟哭した。

短いようで長かった。
やっと、なんだ。
やっと君が心の底から笑ってくれた。
勇気を出して、本当によかった。


「いっときね、私、ずっと死にたいって思ってたんだ。クラスの皆から避けられはじめて、物が隠されるようになって、面倒ごとは私に押しつけられるようになったり、なんか、全部どうでもよくなっちゃって。いい子でいるのが馬鹿馬鹿しくなってきたんだ」
「……沢多さん」
「そんな時に、君と実行委員をすることになった。東山くんってどんな人なんだろうって思ってたから、いきなり告白されたのはびっくりしたなあ。それから、自分から実行委員に立候補したのも格好良かった」
「こっ、告白は、そのっ……当時の僕にはいろいろあって」
「いろいろ? なんだかよく分かんないけど必死だったよね。私ね、あれ、すごく嬉しかったんだよ」


ドキドキと胸が高鳴る。
沢多さんが頬を赤くして僕のことを見つめてくる。
泣きそうだ。
よかった、本当によかった。
僕は彼女のことを、救えたのだろう。