高校3年の秋はとくに、身も心もボロボロだった。
けれど必死に明るい沢多奈央を演じていた。
いい子にしていれば、優等生でいれば、責任感のあるふりをしていれば、いつか、いつか、いつか──。
でも、それをいつまで続ければいいの?
「私がなんで奈央ちゃんとつるんであげてるか分かってる?」
「……瑛里香」
「そうすれば私の株が上がるに決まってるからだよ。他の皆もそう。奈央ちゃんのことなんてどうでもいいの」
「そ、そっか…あはは、そう、だよね」
「なにその顔。そうやっていつもヘラヘラしてんじゃねぇーよ!」
ドカッとお腹を蹴られた拍子に地面に倒れ込んでしまった。
近くを通ったクラスメートと目が合ったが、慌てて逸らされた。
誰も声をかけてはくれない。手を差し伸べてはくれない。泣くこともできずに、私は軽薄に笑って誤魔化した。
「加藤にチクって泣きついたら許さないから」
「ケホッ、わ、かってる……よ」
「それから、今日の19時、駅前ね。荷物持ち係が必要なの」
「……う、ん」
今日、19時。
駅前。
頭の中で繰り返して頷いた。
瑛里香がいなくなってから、お腹を抑えながら立ち上がる。汚れた制服を叩いていたら、不意に気分が悪くなった。
恋愛なんてろくなことがない。
加藤には悪いけれど、付き合う気なんてさらさらなれない。なのに、彼は何度も思いを告げてくるのだから、それが余計に瑛里香の癇癪に障るのだ。
どうしたらいいの?
きっぱりごめんって断っても、うまくいかない。
人と付き合うのはもう、──疲れたよ。
トボトボと1人帰路につきながら、何度も消えたいと思った。
私がもし本当にいなくなったら、クラスの皆はどう思うのか。
瑛里香と一緒になって私を孤立させたことを後悔する?
一生消えないトラウマを植え付けることができる?
遮断機が降りている踏切の前でぼんやりとそんなことを考えていた。
もしも線路の上に立ったら、轢かれて私は死ぬ。そうしたら、この辛い人生に幕を下ろすことができる。
もし死ぬのだったら遺書を書かないといけない。私をいじめた人たちの名前を書いてやろう。
そうしたらどんなに清々しいか。
私がどれだけ苦しんでいたのかを知ればいいのに。
そんなことばかりを考えていた9月、私と同じようにクラスで浮いている東山若葉くんと席が前後になった。
もっとも、周りに関心がない彼は私が実はいじめられているとは知るはずもないのだろうが。
東山くんだけは瑛里香の思惑に加担していない存在だった。
彼だけが、私の部外者だったのだ。
「プリントが1枚足りない。私貰ってくるね」
「あ、いや…大丈夫だよ。ぼ、僕が貰ってくるから、それは沢多さんが持ってて」
「本当? いいの? ありがとう」
「お、お安い御用さ。ぜんぜん気にしないで」
先生が前から回してきたプリントが足りなくなることはよくある。
私の後ろの席である東山くんまで回らなくなってしまった時、彼は当たり前のように席を立って、前まで取りに行ってくれたのが印象的だった。
コミュニケーションはやや辿々しいかもしれないけど、そんなものは気にならない。
優しい人だと思った。
嫌なことばかりの学校生活だったが、彼と話している時間だけはただの無垢な女の子になれた。
彼といる時だけ、息をすることができた。
いい子を演じている私じゃなくて、本当の私を知ってほしかった。
彼は、私にとって生きていたいと思える希望だった。
けれど必死に明るい沢多奈央を演じていた。
いい子にしていれば、優等生でいれば、責任感のあるふりをしていれば、いつか、いつか、いつか──。
でも、それをいつまで続ければいいの?
「私がなんで奈央ちゃんとつるんであげてるか分かってる?」
「……瑛里香」
「そうすれば私の株が上がるに決まってるからだよ。他の皆もそう。奈央ちゃんのことなんてどうでもいいの」
「そ、そっか…あはは、そう、だよね」
「なにその顔。そうやっていつもヘラヘラしてんじゃねぇーよ!」
ドカッとお腹を蹴られた拍子に地面に倒れ込んでしまった。
近くを通ったクラスメートと目が合ったが、慌てて逸らされた。
誰も声をかけてはくれない。手を差し伸べてはくれない。泣くこともできずに、私は軽薄に笑って誤魔化した。
「加藤にチクって泣きついたら許さないから」
「ケホッ、わ、かってる……よ」
「それから、今日の19時、駅前ね。荷物持ち係が必要なの」
「……う、ん」
今日、19時。
駅前。
頭の中で繰り返して頷いた。
瑛里香がいなくなってから、お腹を抑えながら立ち上がる。汚れた制服を叩いていたら、不意に気分が悪くなった。
恋愛なんてろくなことがない。
加藤には悪いけれど、付き合う気なんてさらさらなれない。なのに、彼は何度も思いを告げてくるのだから、それが余計に瑛里香の癇癪に障るのだ。
どうしたらいいの?
きっぱりごめんって断っても、うまくいかない。
人と付き合うのはもう、──疲れたよ。
トボトボと1人帰路につきながら、何度も消えたいと思った。
私がもし本当にいなくなったら、クラスの皆はどう思うのか。
瑛里香と一緒になって私を孤立させたことを後悔する?
一生消えないトラウマを植え付けることができる?
遮断機が降りている踏切の前でぼんやりとそんなことを考えていた。
もしも線路の上に立ったら、轢かれて私は死ぬ。そうしたら、この辛い人生に幕を下ろすことができる。
もし死ぬのだったら遺書を書かないといけない。私をいじめた人たちの名前を書いてやろう。
そうしたらどんなに清々しいか。
私がどれだけ苦しんでいたのかを知ればいいのに。
そんなことばかりを考えていた9月、私と同じようにクラスで浮いている東山若葉くんと席が前後になった。
もっとも、周りに関心がない彼は私が実はいじめられているとは知るはずもないのだろうが。
東山くんだけは瑛里香の思惑に加担していない存在だった。
彼だけが、私の部外者だったのだ。
「プリントが1枚足りない。私貰ってくるね」
「あ、いや…大丈夫だよ。ぼ、僕が貰ってくるから、それは沢多さんが持ってて」
「本当? いいの? ありがとう」
「お、お安い御用さ。ぜんぜん気にしないで」
先生が前から回してきたプリントが足りなくなることはよくある。
私の後ろの席である東山くんまで回らなくなってしまった時、彼は当たり前のように席を立って、前まで取りに行ってくれたのが印象的だった。
コミュニケーションはやや辿々しいかもしれないけど、そんなものは気にならない。
優しい人だと思った。
嫌なことばかりの学校生活だったが、彼と話している時間だけはただの無垢な女の子になれた。
彼といる時だけ、息をすることができた。
いい子を演じている私じゃなくて、本当の私を知ってほしかった。
彼は、私にとって生きていたいと思える希望だった。