◆
──いつから死にたい、消えたいと思うようになったのだろう。
──いつから人生がうまく行かなくなったのだろう。
ある日、朝早くに登校をすると私の机の上に花瓶が置いてあった。
一輪の百合の花が咲いていたが、それを素直に綺麗だとは思えなかった。
かわいいから私の席に置いてくれたのではない。
それはさながら、この世にいない者へのお供え物だった。
はじめてこれが置かれ始めたのは高校2年の頃。
物が隠されはじめたのはもっと前。
クラスの他の人にまで働きかけて、私を孤立させてきたのは、そのさらにもっと前。
話し合いの余地はなかったし、我慢していればいつか収まるのかと思っていたが、行為はエスカレートするばかりだった。
どうしてこうなってしまったのだろう。
なんで私がこんな目に遭わないといけないのか。
友情はとても脆かった。
信じていたものはあっけなく砕け散った。
「あ……沢多、さん」
「田中さん、おはよう」
「……っ、おは、よう」
こういうことがあるから最近は早い時間に登校しているが、教室に偶然入ってきたクラスメートに時たま目撃されてしまうことがある。
なんでもないふりをして朝の挨拶をするけれど、まともに目を合わせてもくれない。
花瓶を見ないようにしていたのか、瑛里香に目をつけられたくなくて私に絡まないようにしているのか、いずれにせよ、関係性は希薄だった。
それでも私は、人から嫌われたくなくて気丈に振る舞った。
いい子でいれば、考えを変えてくれるかもしれない。
毎日放課後に残って掃除をしたり、勉強を人一倍頑張ったり、部活動で優秀な成績を納めたり、流行りのものを意識的に取り入れて皆に合わせたり、自分の話はできるだけしないで人の話だけ聞くようにしたり、クラスの役割などを率先して引き受けたり。
なんでもできる完璧な子。
頼りになる子。
好きなものが一緒で話が合う子。
そんな子になれば、瑛里香たちの輪に入れてもらえるだろう。
クラスの皆から不必要だとは言われなくなるだろう。
そうしたら、もう嫌がらせもやめてくれるかもしれないって。
「沢多さん、遅刻ですよ。教室移動は余裕をもってするように」
でも、ぜんぜんうまくいかなかった。
ある時、体育の授業がグラウンドから体育館に変更になった連絡が私にだけ伝わっていなかったことがあった。
整列して体育座りをしている皆が私のことを淡白に見上げてくる場面は、もう思い出したくもない。
「すいません、うっかりしていて」
「沢多さんでもそんなことがあるのね。気をつけて」
「そうですね。気をつけます」
本当はちっとも笑いたくなかった。けれど、惨めな子に思われたくなくて無理をする。そういう一つ一つの積み重ねが私の心を蝕んでいったのかもしれない。
「奈央ちゃんのうっかりさーん」
「グラウンドから体育館に変更になったの、忘れてたの?」
「……う、うん。そうなの、あはは…」
──辛い。
──痛い。
私と目を合わせないようにしている人は、きっと瑛里香に口止めをされたのだ。気さくに話しかけてくる子たちの言葉には、嫌味が混ざっているのがよく分かる。
ギスギスと音を立てる胸もとを掴んだ。
もう嫌だ。
無理やり笑うたびに、私の大事な物がすり減っていく感覚がする。
心を許せる人は誰もいなかった。
皆、自分が孤立するのが嫌だから、私を孤立させることに安住している。
けれど、都合のいい時にだけ私を頼るふりをするのだ。面倒くさいクラスの役割は、ほとんど私に票が集まるようになっていた。
SNSの更新のためや、他校との合コン、加藤を誘うための材料として私が使われることもよくあった。
付き合っていればいつか仲間に入れてもらえるものだと期待していたけれど、それもいつからか疲れてしまった。
嫌がらせをもうやめてほしいと頼み込むと、苛立った瑛里香に殴られた。
──いつから死にたい、消えたいと思うようになったのだろう。
──いつから人生がうまく行かなくなったのだろう。
ある日、朝早くに登校をすると私の机の上に花瓶が置いてあった。
一輪の百合の花が咲いていたが、それを素直に綺麗だとは思えなかった。
かわいいから私の席に置いてくれたのではない。
それはさながら、この世にいない者へのお供え物だった。
はじめてこれが置かれ始めたのは高校2年の頃。
物が隠されはじめたのはもっと前。
クラスの他の人にまで働きかけて、私を孤立させてきたのは、そのさらにもっと前。
話し合いの余地はなかったし、我慢していればいつか収まるのかと思っていたが、行為はエスカレートするばかりだった。
どうしてこうなってしまったのだろう。
なんで私がこんな目に遭わないといけないのか。
友情はとても脆かった。
信じていたものはあっけなく砕け散った。
「あ……沢多、さん」
「田中さん、おはよう」
「……っ、おは、よう」
こういうことがあるから最近は早い時間に登校しているが、教室に偶然入ってきたクラスメートに時たま目撃されてしまうことがある。
なんでもないふりをして朝の挨拶をするけれど、まともに目を合わせてもくれない。
花瓶を見ないようにしていたのか、瑛里香に目をつけられたくなくて私に絡まないようにしているのか、いずれにせよ、関係性は希薄だった。
それでも私は、人から嫌われたくなくて気丈に振る舞った。
いい子でいれば、考えを変えてくれるかもしれない。
毎日放課後に残って掃除をしたり、勉強を人一倍頑張ったり、部活動で優秀な成績を納めたり、流行りのものを意識的に取り入れて皆に合わせたり、自分の話はできるだけしないで人の話だけ聞くようにしたり、クラスの役割などを率先して引き受けたり。
なんでもできる完璧な子。
頼りになる子。
好きなものが一緒で話が合う子。
そんな子になれば、瑛里香たちの輪に入れてもらえるだろう。
クラスの皆から不必要だとは言われなくなるだろう。
そうしたら、もう嫌がらせもやめてくれるかもしれないって。
「沢多さん、遅刻ですよ。教室移動は余裕をもってするように」
でも、ぜんぜんうまくいかなかった。
ある時、体育の授業がグラウンドから体育館に変更になった連絡が私にだけ伝わっていなかったことがあった。
整列して体育座りをしている皆が私のことを淡白に見上げてくる場面は、もう思い出したくもない。
「すいません、うっかりしていて」
「沢多さんでもそんなことがあるのね。気をつけて」
「そうですね。気をつけます」
本当はちっとも笑いたくなかった。けれど、惨めな子に思われたくなくて無理をする。そういう一つ一つの積み重ねが私の心を蝕んでいったのかもしれない。
「奈央ちゃんのうっかりさーん」
「グラウンドから体育館に変更になったの、忘れてたの?」
「……う、うん。そうなの、あはは…」
──辛い。
──痛い。
私と目を合わせないようにしている人は、きっと瑛里香に口止めをされたのだ。気さくに話しかけてくる子たちの言葉には、嫌味が混ざっているのがよく分かる。
ギスギスと音を立てる胸もとを掴んだ。
もう嫌だ。
無理やり笑うたびに、私の大事な物がすり減っていく感覚がする。
心を許せる人は誰もいなかった。
皆、自分が孤立するのが嫌だから、私を孤立させることに安住している。
けれど、都合のいい時にだけ私を頼るふりをするのだ。面倒くさいクラスの役割は、ほとんど私に票が集まるようになっていた。
SNSの更新のためや、他校との合コン、加藤を誘うための材料として私が使われることもよくあった。
付き合っていればいつか仲間に入れてもらえるものだと期待していたけれど、それもいつからか疲れてしまった。
嫌がらせをもうやめてほしいと頼み込むと、苛立った瑛里香に殴られた。