◆
「キャンプファイヤー楽しみぃー」
「なんか、人気ある人は一緒に見る予約がもう入ってるらしいよ」
「マジぃ? 佐藤くん誰かと約束してるかなぁ。つーか無理ぃ、恥ずすぎて誘えないって」
16:00になって一般公開が終わると、展示物の撤去作業が行われた。
以前も思ったことだけれど、この日のためにあんなに時間をかけて作り上げたものが壊される光景はなんともあっけない。
完成した時に妙な達成感を抱いていた分、だんだんともとの教室に戻っていくことに名残惜しく思った。
僕は大きなビニール袋を持ちながら、床に落ちている段ボール類を黙々と拾い上げた。
クラスメートたちの話題といえば、このあと行われる後夜祭のキャンプファイヤーで持ちきりで、僕も内心ソワソワしている部類の人間だった。
──誘ってしまった。
沢多さんを、キャンプファイヤーに。
実行委員の仕事があるというのに、堂々とサボる約束をした。
このようなイベントごとは僕には無縁なことだと思っていたが、浮き足立っているクラスメートたちとそう変わらない。
「佐々木さん、これを粗大ゴミに回しておいてほしいんだけど、頼めるかな」
「あー……、私他にやることがあって」
「そ、そっか。忙しいよね、ごめんね。じゃあ安藤さん頼めるかな?」
「今ちょっと手が離せないかな」
「そっか……」
けれど、クラスの皆と関わっている沢多さんを見ると、いっきに熱が冷めて胸が痛くなる。
皆から頼られるような素晴らしい人だと思っていた。
だけれども、よく見ると浮いているのは間違いなかった。面倒なことは沢多さんに押し付けて、表面的には慕っているふりをしている。
今まで、僕は彼女の何を見ていたのだろう。
このクラスの皆は、明らかに可笑しい。
揉めているのは中野さんと加藤くんだろう?
それなのに、まるで誰かに働きかけられたみたいに不自然な避け方をしているように見えた。
「奈央ちゃん、ちょっといいー?」
すると、廊下から中野さんが沢多さんの名前を呼んだようだった。
花火をした日の激昂はそこにはなくて、妙に親しみがこもった声かけに違和感が残る。
──あれ?
「女子メンで写真撮ろうって話しててぇ、中庭行こぉー」
クラスの派手グループに属している中野さんはよく目立つ存在だ。
クラスの皆が静まり返るくらいには、圧倒的な存在感があった。
当時の僕は、彼女たちは本当に仲良しなんだなあ、と思っていたけれど、沢多さんのこの表情を僕は過去に見たことがあったんだ。
「今じゃないといけないのかな」
「うん。決まってるじゃん。だってさっき撮れなかったし」
「あれは実行委員の仕事があったからしょうがな──」
「でもさー、奈央ちゃんいなくてクソつまんなかったんだよね、加藤も来ないしさ。だから、このあと付き合ってほしいの」
「はは……、でも、皆で片付けしないといけないよ」
「そんなの奈央ちゃんくらい抜けても大丈夫だよ。ねー? 皆ー?」
なんだ?
クラスの皆も不自然に視線を逸らして、空気が悪い。
まるで沢多さんが孤立している。
なぜだ?
沢多さんを呼びつけて、中野さんは何をするつもりで──。
「う、うん……」
「沢多さんいなくても私たちだけでできるし、大丈夫だよ」
女子たちはそんな中野さんにぎこちなく頷く。
こんなにも全員の意見が揃うことがあるのだろうか。
まるで、見て見ぬふり。
皆から頼られる沢多さん。
責任感のある沢多さん。
人気者な沢多さん。
彼女がリーダーシップをとってくれていたから、スムーズに片付けが進んでいたのではなかったのか?
「……そっか」
彼女は周りを見回して小さく笑った。
いそいそと片付けを再開する皆の中に、あの日の僕もいた。
教室を出て行くその一瞬、沢多さんが僕を見る。
宝石のような瞳が、大きく揺れているのを見て──とっさに走り出した。
「キャンプファイヤー楽しみぃー」
「なんか、人気ある人は一緒に見る予約がもう入ってるらしいよ」
「マジぃ? 佐藤くん誰かと約束してるかなぁ。つーか無理ぃ、恥ずすぎて誘えないって」
16:00になって一般公開が終わると、展示物の撤去作業が行われた。
以前も思ったことだけれど、この日のためにあんなに時間をかけて作り上げたものが壊される光景はなんともあっけない。
完成した時に妙な達成感を抱いていた分、だんだんともとの教室に戻っていくことに名残惜しく思った。
僕は大きなビニール袋を持ちながら、床に落ちている段ボール類を黙々と拾い上げた。
クラスメートたちの話題といえば、このあと行われる後夜祭のキャンプファイヤーで持ちきりで、僕も内心ソワソワしている部類の人間だった。
──誘ってしまった。
沢多さんを、キャンプファイヤーに。
実行委員の仕事があるというのに、堂々とサボる約束をした。
このようなイベントごとは僕には無縁なことだと思っていたが、浮き足立っているクラスメートたちとそう変わらない。
「佐々木さん、これを粗大ゴミに回しておいてほしいんだけど、頼めるかな」
「あー……、私他にやることがあって」
「そ、そっか。忙しいよね、ごめんね。じゃあ安藤さん頼めるかな?」
「今ちょっと手が離せないかな」
「そっか……」
けれど、クラスの皆と関わっている沢多さんを見ると、いっきに熱が冷めて胸が痛くなる。
皆から頼られるような素晴らしい人だと思っていた。
だけれども、よく見ると浮いているのは間違いなかった。面倒なことは沢多さんに押し付けて、表面的には慕っているふりをしている。
今まで、僕は彼女の何を見ていたのだろう。
このクラスの皆は、明らかに可笑しい。
揉めているのは中野さんと加藤くんだろう?
それなのに、まるで誰かに働きかけられたみたいに不自然な避け方をしているように見えた。
「奈央ちゃん、ちょっといいー?」
すると、廊下から中野さんが沢多さんの名前を呼んだようだった。
花火をした日の激昂はそこにはなくて、妙に親しみがこもった声かけに違和感が残る。
──あれ?
「女子メンで写真撮ろうって話しててぇ、中庭行こぉー」
クラスの派手グループに属している中野さんはよく目立つ存在だ。
クラスの皆が静まり返るくらいには、圧倒的な存在感があった。
当時の僕は、彼女たちは本当に仲良しなんだなあ、と思っていたけれど、沢多さんのこの表情を僕は過去に見たことがあったんだ。
「今じゃないといけないのかな」
「うん。決まってるじゃん。だってさっき撮れなかったし」
「あれは実行委員の仕事があったからしょうがな──」
「でもさー、奈央ちゃんいなくてクソつまんなかったんだよね、加藤も来ないしさ。だから、このあと付き合ってほしいの」
「はは……、でも、皆で片付けしないといけないよ」
「そんなの奈央ちゃんくらい抜けても大丈夫だよ。ねー? 皆ー?」
なんだ?
クラスの皆も不自然に視線を逸らして、空気が悪い。
まるで沢多さんが孤立している。
なぜだ?
沢多さんを呼びつけて、中野さんは何をするつもりで──。
「う、うん……」
「沢多さんいなくても私たちだけでできるし、大丈夫だよ」
女子たちはそんな中野さんにぎこちなく頷く。
こんなにも全員の意見が揃うことがあるのだろうか。
まるで、見て見ぬふり。
皆から頼られる沢多さん。
責任感のある沢多さん。
人気者な沢多さん。
彼女がリーダーシップをとってくれていたから、スムーズに片付けが進んでいたのではなかったのか?
「……そっか」
彼女は周りを見回して小さく笑った。
いそいそと片付けを再開する皆の中に、あの日の僕もいた。
教室を出て行くその一瞬、沢多さんが僕を見る。
宝石のような瞳が、大きく揺れているのを見て──とっさに走り出した。