「ホラー脱出ゲーム、やってまぁーす!」
「すっごく面白いよぉー! 来てくださーい!」

──10月14日。
天気、晴れ。ビラを片手に校内を歩く人々。他校生、大人たち、卒業生、中学生、うちの生徒ではない人達が校舎の中にいる光景を見るのは、2回目だった。
まるでお祭りの日のような賑わいの中、クラスの皆もなんら普段と変わらない様子だった。


「東山くん、新規2名様ね」
「はっ、はいっ…!」
「東山くん! 追加でもう2名様だから、一緒にAグループで案内をお願い!」
「りょ、了解しました!」


ホストクラブと同じように僕は受付担当をしていた。次から次へとお客さんがやってくるのだからてんてこまいになる。

1年前の僕からしたら、まさかこんなふうにクラスの皆とともに作業をしているだなんて思いもしなかっただろう。
──と、手元を忙しくしながらも、沢多さんのことが気になっていた。

僕は彼女のために何ができるのだろうか。
加藤くんのことを考えると、僕なんて烏滸がましいにも程があるのではないか。


「めっちゃ面白かったねー」
「最後の謎分かんなかったよ。あれ、どうやって解けばよかったんだろ…?」


どうやら、教室から出てくる人達は満足そうにしてくれている。
ホッと胸を撫で下ろして、再び管理簿と向き合った。


「東山くん、お疲れさま」


すると、僕の手元の上に影が落ちてくる。
耳障りのいいクリアボイスは顔を上げなくても誰のものであるか分かる。
沢多さんだ。


「お、お疲れさま。沢多さんは、お化け役、終わったの?」
「そうそうー。もうすぐ総合受付の当番があるから、今抜けてきた。とにかくめっちゃスカッとしたー!」
「そ、それは良かったね。僕も準備するから少し待っててくれる?」


艶やかな黒髪がサラリと揺れる。
血糊がついた白いワンピースを着ている彼女はとても妖艶で、目を惹かれてしまった。
沢多さんは、中野さんのことをどう思っているんだろう。あんなことを言われたらきっと平気じゃないはずなのに、どうして気丈に振る舞えるんだろう。

クラスの皆とも今まで通りに接している。
中野さんとのコミュニケーションは、表向きには友好的であるようで、実はそうではなかった。
どうして僕は気が付かなかったんだろう。見ようとしなかったんだろう。
沢多さんはずっと無理をして笑っている。

その明るさが、僕には少し怖かった。



「私がプレゼントした栞は使ってくれてる?」



昇降口外にある総合受付テントの中に入り、担当を交代する。
パイプ椅子に座るなり、沢多さんはまるで悩みなんてないような活発な笑みを向けてきた。


「つ、使ってるよ…!」
「そっか、よかった。東山くんのおすすめの本もはやく読まないとね」
「そうだ。貸すって言ってて渡せてなかった。しまった、今日は持ってきていないから、休み明けに渡すよ」
「やった! 楽しみ」


総合受付の仕事は案外暇で、僕はぼーっと行き交う人々を眺めた。
とくにお客さんの方から声をかけられないかぎりは、ただ座っているだけの仕事。

以前の僕は、中野さんたちに遠慮をして"1人で大丈夫"だと沢多さんに告げてしまった。
僕は結局、今も中野さんや加藤くんたちに遠慮をしている。
僕なんかがしゃしゃり出てもいいものなのか。
──他人である、この僕が。


「君は小説の話をしていると、まるで人が変わったようにイキイキとするよね」
「えっ、そ、そそ、そうかな。気持ち悪いの間違いじゃ……」


コスプレをしてクラス展示のビラを配っている生徒が目の前を通り過ぎていく。

フランクフルトを食べている人もいる。
外のテントで焼きそばを売っている人もいる。
そんな眩しい日常の中、あの日と同じように僕も混ざっている。


「東山くんは、自分を過小評価しすぎだよ」


──君は、以前もそうやって言ってくれたね。

くどいようだけれど、本当は、あの時も今も喉から手が出るくらいに憧れていたんだ。
僕も、この輪の中に入りたいと。
憧れていながらも行動ができなくて。
勇気が持てなくて。
自信が持てたのは、沢多さんと実行委員をするようになってからなんだよ。


「君はとても純粋で、素直な人。周りに影響されずに、好きなものを好きだと思える強い人。人と関わることが苦手でも自分の役割をちゃんとやりきろうとする人。裏表なんてない、優しい人」