加藤くんに睨みつけられると萎縮してしまう。
彼はそれほどまでに沢多さんのことを──。
「やめてよ…東山くんがいる前で」
「うっせぇな! 俺のことはシカトしてくんのに、なんで東山ならいいんだよ!」
「それは! 加藤が他人の気持ちをいつも考えないから! 私だけじゃない! 瑛里香の気持ちだって、一度だって考えたことあるのっ!?」
これほどまでに取り乱している沢多さんを見たことはなかった。
沢多さんは加藤くんとも仲がいい印象があったけれど、それも僕の見当違いだった?
そこに中野さんの名前があげられるのは──。
「……へえ、そういうこと」
暗闇の奥からもう1人、僕でも沢多さんでも加藤くんでもない女の子の声が聞こえてきた。
バッグを持って塀に寄りかかっていたのは、中野さんだった。
「え、りか…」
「奈央ちゃんってそういうところあるよね。表向きにはいい顔をしておいて、裏ではそうやって優越感に浸ってたんだ?」
「ち、が」
「はあ? 今のどこが違うの? やっぱそうじゃん! 私が加藤のこと好きだって分かってていながら、そうやって曖昧な態度ばっかとってたぶらかしてんじゃんか! それなのに、善人ぶってんじゃねぇよ!!」
態度が豹変する中野さんを見て目を丸くした。
教室で見ていた彼女たちは、このような険悪な仲ではなかったはずだ。
僕はただ知ろうとしていなかっただけで、沢多さんを取り巻く人々の関係性はこれほどまでに歪曲していた。
「違う…私、は」
「いい加減にしろよ。俺は中野の気持ちには応えられないって何度も言ってんだろ」
沢多さんが弱々しく震えている。
両腕を抱き締めるようにして、何かから怯えてるみたいに。
手を伸ばしかけて引っ込めて、ギュッと拳を握った。僕は臆病者で、小心者だから、加藤くんのように白黒はっきりした行動が取れない。
自分のとった行動が相手にとって喜ばしいものであるのかどうかをまず先に考えてしまう。
加藤くんは男の僕から見ても男らしくて、格好いい。けれど時として、白黒はっきりしすぎている言葉は、他人の心に突き刺さる鋭利な刃物になるのだと、僕は知っている。
──中野さんの胸は、今、ものすごく痛んでいる。
「……に、よ、それ」
ギリ、と唇を噛んだ中野さんは、沢多さんのことを睨みつけていた。
僕はとっさに何か声をかけてあげたくなった。
けれど、開きかけた唇は閉じていく。
加藤くんが目の前にいる今、僕は脇役でしかないように思えた。
彼が沢多さんのことを守るのだろう、とも思ったのだ。中野さんのことも、きっとうまく説得をする。
そうしたら、きっと僕の役目は何も残らない。
「加藤はいつもそればっかりっ!! 適当にあしらってきて一度だって私がどう思ってるのかを聞いてくれないじゃん!! それなのにっ、奈央ちゃんにはあからさまな好意を向けて……苛つくんだよっ!!」
「瑛里香、私は」
「奈央ちゃんも奈央ちゃんで、いい子ぶってて腹が立つ!! 同情してるつもり? 加藤にちゃんと私のことを考えろって? へえ、ご丁寧にどうも。けどね、そういうところが嫌いなんだよ!! ヘラヘラしていればいつまでも友達のままでいてくれるとでも思ってんのっ!? 」
だけど、
──だけど。
「そんなわけねぇーだろ!! 皆、皆っ!! 奈央ちゃんのことウザイって思ってる。優等生ぶって、偽善者ぶって、何考えてんのかもいつもはっきり言わない!! もうそういうのウンザリ!!」
「……ごめ、」
「一緒につるんであげてるのは、奈央ちゃんがいるとうちらの株が上がるから。先生にもいい印象づけをするため。だから、いい? 本当の意味で奈央ちゃんを信頼してる人なんていねぇーんだよ。それなのにヘラヘラしちゃってごくろーさま。でもね、本当は皆思ってる。奈央ちゃんなんて──」
「おい、中野、」
そうしたら、僕は何のために戻ってきたんだ?
「さっさと消えちゃえばいいのに…って」
中野さんはそれだけ言い捨てて、身を翻してしまう。
僕はずっと、沢多さんは器用な人だと思っていた。けれど本当は僕と同じように、すごく不器用な人だったのかもしれない。
彼はそれほどまでに沢多さんのことを──。
「やめてよ…東山くんがいる前で」
「うっせぇな! 俺のことはシカトしてくんのに、なんで東山ならいいんだよ!」
「それは! 加藤が他人の気持ちをいつも考えないから! 私だけじゃない! 瑛里香の気持ちだって、一度だって考えたことあるのっ!?」
これほどまでに取り乱している沢多さんを見たことはなかった。
沢多さんは加藤くんとも仲がいい印象があったけれど、それも僕の見当違いだった?
そこに中野さんの名前があげられるのは──。
「……へえ、そういうこと」
暗闇の奥からもう1人、僕でも沢多さんでも加藤くんでもない女の子の声が聞こえてきた。
バッグを持って塀に寄りかかっていたのは、中野さんだった。
「え、りか…」
「奈央ちゃんってそういうところあるよね。表向きにはいい顔をしておいて、裏ではそうやって優越感に浸ってたんだ?」
「ち、が」
「はあ? 今のどこが違うの? やっぱそうじゃん! 私が加藤のこと好きだって分かってていながら、そうやって曖昧な態度ばっかとってたぶらかしてんじゃんか! それなのに、善人ぶってんじゃねぇよ!!」
態度が豹変する中野さんを見て目を丸くした。
教室で見ていた彼女たちは、このような険悪な仲ではなかったはずだ。
僕はただ知ろうとしていなかっただけで、沢多さんを取り巻く人々の関係性はこれほどまでに歪曲していた。
「違う…私、は」
「いい加減にしろよ。俺は中野の気持ちには応えられないって何度も言ってんだろ」
沢多さんが弱々しく震えている。
両腕を抱き締めるようにして、何かから怯えてるみたいに。
手を伸ばしかけて引っ込めて、ギュッと拳を握った。僕は臆病者で、小心者だから、加藤くんのように白黒はっきりした行動が取れない。
自分のとった行動が相手にとって喜ばしいものであるのかどうかをまず先に考えてしまう。
加藤くんは男の僕から見ても男らしくて、格好いい。けれど時として、白黒はっきりしすぎている言葉は、他人の心に突き刺さる鋭利な刃物になるのだと、僕は知っている。
──中野さんの胸は、今、ものすごく痛んでいる。
「……に、よ、それ」
ギリ、と唇を噛んだ中野さんは、沢多さんのことを睨みつけていた。
僕はとっさに何か声をかけてあげたくなった。
けれど、開きかけた唇は閉じていく。
加藤くんが目の前にいる今、僕は脇役でしかないように思えた。
彼が沢多さんのことを守るのだろう、とも思ったのだ。中野さんのことも、きっとうまく説得をする。
そうしたら、きっと僕の役目は何も残らない。
「加藤はいつもそればっかりっ!! 適当にあしらってきて一度だって私がどう思ってるのかを聞いてくれないじゃん!! それなのにっ、奈央ちゃんにはあからさまな好意を向けて……苛つくんだよっ!!」
「瑛里香、私は」
「奈央ちゃんも奈央ちゃんで、いい子ぶってて腹が立つ!! 同情してるつもり? 加藤にちゃんと私のことを考えろって? へえ、ご丁寧にどうも。けどね、そういうところが嫌いなんだよ!! ヘラヘラしていればいつまでも友達のままでいてくれるとでも思ってんのっ!? 」
だけど、
──だけど。
「そんなわけねぇーだろ!! 皆、皆っ!! 奈央ちゃんのことウザイって思ってる。優等生ぶって、偽善者ぶって、何考えてんのかもいつもはっきり言わない!! もうそういうのウンザリ!!」
「……ごめ、」
「一緒につるんであげてるのは、奈央ちゃんがいるとうちらの株が上がるから。先生にもいい印象づけをするため。だから、いい? 本当の意味で奈央ちゃんを信頼してる人なんていねぇーんだよ。それなのにヘラヘラしちゃってごくろーさま。でもね、本当は皆思ってる。奈央ちゃんなんて──」
「おい、中野、」
そうしたら、僕は何のために戻ってきたんだ?
「さっさと消えちゃえばいいのに…って」
中野さんはそれだけ言い捨てて、身を翻してしまう。
僕はずっと、沢多さんは器用な人だと思っていた。けれど本当は僕と同じように、すごく不器用な人だったのかもしれない。