う、わ。
慣れていない言葉を向けられて赤面する。慌てて前髪をわしゃわしゃと掻いた。

「僕は別に、面白くなんてないと思うけど」
「そう? 私は面白い子だなって思ったよ」
「え……どこが、だろう」
「んー内緒」
「内緒って……」

ふふっと笑った沢多さん。
20分になったのを確認して、クラスのメンバーから意見を聴取しはじめる。僕は慌てて黒板に"文化祭の出し物について"という文字を書いた。

それから、出てくる案といえば"縁日""ハンバーガー屋さん""アクアリウム""お化け屋敷""脱出ゲーム""ホストクラブ""メイド喫茶"等々。
主に沢多さんが仕切ってみんなの発表をまとめていた。
僕はその話し合いの中の空気になることに徹した。というか、もとから空気でしかなかったのだが。


「じゃあ、人気投票で出し物を決めようと思うんだけど異議がある人?」


板書を終えて振り返ると、40人余りのクラスメンバーがこちらを見ている。
僕が司会進行をしているわけではないのに、やはり教壇に立つことに緊張してしまった。

僕の髪型、変じゃないかなとか。制服にシワが寄っていないかなとか。
全部沢多さんに任せっきりで、隣にいる意味がないんじゃないかとか。
そんなことを思われていないかを気にしてしまう。


「異議なーし」
「いいんじゃないかなー?」


チラホラと意見が飛び交う中で、1人だけ反応が悪い人がいた。


「えー。でもさあ、私どうしてもホスクラがやりたいんだけど」


中野さんだ。


「なんで中野の希望通りに進めないといけねぇんだよ」
「だってさあ、絶対ホスクラがいいじゃん。きっと加藤も似合うだろうし。奈央ちゃーん、おねがーい」


沢多さんの発言に反応するのは、クラスの中心的存在の加藤くんと中野さん。
しかも、中野さんはホストクラブから譲らないようだ。なにかと発言力のある彼女はこういう場になるとすごく目立つ。
すっかり話し合いが頓挫してしまった。


「あはは、困ったな」
「見ろよ。沢多が困っただろ」
「うわあ、加藤が奈央ちゃんのこと庇ってる」
「あ? 中野、お前いちいちいい加減にしろよ」
「はあ〜〜うっざ。いちいち加藤がしゃしゃり出てくるんですけど。じゃあさじゃあさ、奈央ちゃんは何やりたい?」
「私?」


中野さんはクルクルと髪を弄りながら、沢多さんに声をかける。
他のクラスのメンバーたちは、そんな中野さんのことを見ているようだった。


「お化け屋敷がやりたいなって思ってるけど、もちろん最終的には……みんなの意見に、合わせるよ」


合わせる、のか。
やりたいって言ってたけど。
でもそうだよな。個人的な希望を通すわけにもいかないだろう。
ここは人気投票が無難だと思った。


「ふーん、奈央ちゃんはホスクラじゃないんだあ。つまんなーい」
「中野、お前うぜぇからいい加減黙れ」
「はあー? むっかつくぅー」


加藤くんと中野さんはよくこうして喧嘩をしているような気がする。
派手グループに属している2人は、沢多さんを含めてよく一緒に行動をしているイメージではあるけれど、喧嘩するほど仲がいいということなのだろうか。
僕には口論をするような友達すらいないから、やはり無縁なような気がする。
どこか他人行儀に彼らを見てしまった。


「はいはい、静かに! じゃあ、公平に人気投票で決めるけどいいねー?」


隣でいそいそとちぎっていた紙を一番前の席の人たちにまとめて渡した。後ろへ後ろへと回されていくノートの切れ端たち。
希望する出し物を、僕や沢多さんも含めて全員が記入した。


──結果は、ホストクラブ 37票。

お化け屋敷 3票。

綺麗に正の字が分かれて、僕たちのクラスの出し物はホストクラブに決定した。