本当に、そうなのか?
沢多さんが嘘をついているようには思えなかった。


「だから東山くんはすごいよね」
「え?」
「だって、皆にあんな提案ができちゃうんだもん。心を掴むのがうまいっていうか、東山くんの言葉には表も裏もないんだ」


沢多さんはすっかり陽が落ちた空を見上げている。
横断歩道の信号が青になると、僕は彼女を追うようにして一歩踏み出した。

──沢多さんは、もしかして、いじめられている、のか?
"ホストクラブ"と"お化け屋敷"の、あまりに不自然だった得票率。
筆箱を忘れたと言って僕にペンを借りたいと言ってきたこともあった。あれは、忘れたのではなく、"隠されてた"のだったら。
あの大きな足のあざのことも──。


ズドン、と胸に鉛のようなものが落ちてきた。どんよりとした雲が広がり、心臓が痛くなった。
なんで、沢多さんがそんな目に遭わないといけないんだ。


"君にだったら、話せるかもって思ったんだ"

"だけどなんかもう──辛い"


死にたいと思うくらいに追い詰めていたのは、あまりに無関心な僕を含めた、クラスの人間だった……?

なんだよ、それ。
どうして僕は──。

「ごめっ………」
「え?」
「ご、ごめっ……うっ、僕っ」
「え、えええ、何で泣くの!?」
「ごめん! 僕は何も気づけなくてっ……! 本当に、本当に……ごめっ……」


横断歩道を渡り切ったあたりで、嗚咽が止まらなくなった。
急に泣き出すだなんて沢多さんが動揺するに決まっていたけれど、止まらなかった。


「君は、なんでそんなに優しいの?」
「……うっ、あ」
「まるで私が弱ってる時を分かってるみたいに、必ずそばに君がいる。怖いのに勇気を振り絞って、私がほしい言葉ばかりをくれるね」


沢多さんは眉を下げて僕の顔を覗き込んでくる。
こんなに泣いて、情けない。辛いのは沢多さんの方だろうに。


「私、誰にも言ったことがなかったの。言える人がいなかった」
「沢多さん、僕、僕はっ」
「──でも、君がいた。君には、情けない姿も見せられちゃうの。不思議だよね」


涙で滲んだ世界で、沢多さんは笑っていた。


「私のことを好きになってくれてありがとう。東山くん」


僕は彼女の力になれているだろうか。
死にたいだなんて思ってはいないだろうか。
この陽だまりのような笑顔を守りたい。


「返事は、もう少し先でもいい?」
「返事?」
「君からの告白の、返事」
「えっ!?」


未来を変えないと、と必死になっていたものだからすっかりそのことが抜け落ちていた。
告白ってそうか、返事をもらうものだったのか。
自分の気持ちを伝えられたことに満足してしまった。


「待っててね」


彼女が"返事をくれる"。
それは、彼女がいる未来へと繋がる希望だった。

君があんな残酷な終焉を迎えてはいけない。
君を守るためならなんだってするって誓ったんだ。

彼女がいじめられてるということが真実ならば、その原因をつきとめたい。
皆に馬鹿にされてもいい。
指をさされたってかまわない。
怖くて怖くて仕方のない気持ちを奮い立たせる。

そのような酷いことはすぐにでもやめさせないと──と、今一度強く決意したのだった。