お昼休みにお弁当を食べ終えた僕は、いつものように小説を読んでいた。
今日もいつもと変わらず、教室の中は賑やかだ。
男子はゲームの話をすることが多いようだが、女子はドラマや漫画、付き合っている人の話をしていることが多い。
それに僕が進んで混ざることはなかったが、これまでと違うのは、僕の前の席の沢多さんがこちらを向いて話しかけてくれるようになったこと。
「それ、何の本? 面白い?」
開いているのは"バスカヴィル家の犬"。
もうこれを読むのは6回目になるけれど、好きな小説は何度読み返しても面白い。
挟んであった動物柄の書店の栞を外して、顔を上げた。
「コナン・ドイルの"バスカヴィル家の犬"だよ」
「へえー、どういう話なの? 東山くんその本よく読んでるよね」
「推理小説。沢多さんはミステリーは読む?」
「うーん……あんまり読まないかも。でも、東山くんのおすすめだったら、読んでみたいかな!」
かの有名なシャーロックホームズの関連作品だから、とっつきにくさはないと思うけれど、人に本を薦めるのは気恥ずかしいものだな。
しかも、沢多さんにコナンドイルの話をするのは何度目だろう。
今の沢多さんにとってははじめてする会話なのだろうが、以前の世界と変わらずに興味を持ってくれるのは嬉しいものだ。
「じゃあ、こっ、今度貸してあげるよ」
「本当っ? やったー! 推理小説ってなんだかワクワクしちゃうよね」
「そっ、そうなんだよ! 魔犬による祟り伝説がある富豪のバスカヴィル家を舞台にしたお話なんだけど、当主であるチャールズ・バスカヴィル卿が突如亡骸として発見されることから物語が動き始めるんだ! 世間一般的には魔犬に襲われて亡くなったとされていたんだけれど、シャーロックホームズは人間が仕組んだ事件であると考えて、ワトソンをバスカヴィル家へと向かわせた! なんかもう、冒頭からワクワクが止まらなくてさ!」
つい饒舌になったところで、はっ…とした。
しまった。本のことになると僕は口が止まらなくなる節がある。
根暗な僕が急に興奮気味に話し始めるのは気持ち悪かっただろう、と恐る恐る顔を上げる。けれど、沢多さんは予想をしていたどの顔もしていなかった。
「──ダメだよ、東山くん。私まだ読んでないのに、ネタバラシしそうになってるでしょ?」
こんな近い距離で話していたことに今更気づいて、ドックン、と大きく胸が鳴った。
そうだ。そうだった。
沢多さんは、そういう人だった。
頬杖をついて柔らかく笑っている。
僕が好きなことについて熱弁をしても、馬鹿にしてはこない。
長い間、これは僕のトラウマだった。きっと笑われるだろう。気持ち悪いと思われるかもしれないと思うと、恥ずかしくて誰にも言えない。そんなことばかり考えていたら、人と関わること自体に苦手意識を抱くようになったのだ。
だけれども、
──僕もいつか、素晴らしい推理小説を書いてみたい。
そんな大それた夢のことも、沢多さんだったらきっと笑わずに聞いてくれるのだろうな。
「ごっ、ごめ」
「奈央ちゃーん、今日の放課後なんだけど、文化祭の準備が終わったら駅前のカフェ行こー? インスタでめっちゃ話題になっててさあ、由奈と亜美と一緒に行こうって話しててぇー」
顔が熱くなって咄嗟にまた俯く。すると、割り込むように中野さんの甲高い声が聞こえてきた。
クラスの中心的存在である彼女の声はよく通る。
あれ、こんな展開を僕は以前も見たことがあったような。それに確か今日は17時から──。
「ごめん、せっかく誘ってくれて嬉しいんだけど、実家委員の集まりがあって行けないや」
気になってしまって沢多さんたちの方に目を向けてしまう。
そうだ。この日は委員会があって、沢多さんは中野さんの誘いを断ったんだ。
「えぇーなぁんだ、奈央ちゃん来れないのー? がっかりー」
「ごめんって。今度埋め合わせするから」
「奈央ちゃんがいないといいね沢山貰えないからテンション下がるよー。ねえ、みんなー?」
今日もいつもと変わらず、教室の中は賑やかだ。
男子はゲームの話をすることが多いようだが、女子はドラマや漫画、付き合っている人の話をしていることが多い。
それに僕が進んで混ざることはなかったが、これまでと違うのは、僕の前の席の沢多さんがこちらを向いて話しかけてくれるようになったこと。
「それ、何の本? 面白い?」
開いているのは"バスカヴィル家の犬"。
もうこれを読むのは6回目になるけれど、好きな小説は何度読み返しても面白い。
挟んであった動物柄の書店の栞を外して、顔を上げた。
「コナン・ドイルの"バスカヴィル家の犬"だよ」
「へえー、どういう話なの? 東山くんその本よく読んでるよね」
「推理小説。沢多さんはミステリーは読む?」
「うーん……あんまり読まないかも。でも、東山くんのおすすめだったら、読んでみたいかな!」
かの有名なシャーロックホームズの関連作品だから、とっつきにくさはないと思うけれど、人に本を薦めるのは気恥ずかしいものだな。
しかも、沢多さんにコナンドイルの話をするのは何度目だろう。
今の沢多さんにとってははじめてする会話なのだろうが、以前の世界と変わらずに興味を持ってくれるのは嬉しいものだ。
「じゃあ、こっ、今度貸してあげるよ」
「本当っ? やったー! 推理小説ってなんだかワクワクしちゃうよね」
「そっ、そうなんだよ! 魔犬による祟り伝説がある富豪のバスカヴィル家を舞台にしたお話なんだけど、当主であるチャールズ・バスカヴィル卿が突如亡骸として発見されることから物語が動き始めるんだ! 世間一般的には魔犬に襲われて亡くなったとされていたんだけれど、シャーロックホームズは人間が仕組んだ事件であると考えて、ワトソンをバスカヴィル家へと向かわせた! なんかもう、冒頭からワクワクが止まらなくてさ!」
つい饒舌になったところで、はっ…とした。
しまった。本のことになると僕は口が止まらなくなる節がある。
根暗な僕が急に興奮気味に話し始めるのは気持ち悪かっただろう、と恐る恐る顔を上げる。けれど、沢多さんは予想をしていたどの顔もしていなかった。
「──ダメだよ、東山くん。私まだ読んでないのに、ネタバラシしそうになってるでしょ?」
こんな近い距離で話していたことに今更気づいて、ドックン、と大きく胸が鳴った。
そうだ。そうだった。
沢多さんは、そういう人だった。
頬杖をついて柔らかく笑っている。
僕が好きなことについて熱弁をしても、馬鹿にしてはこない。
長い間、これは僕のトラウマだった。きっと笑われるだろう。気持ち悪いと思われるかもしれないと思うと、恥ずかしくて誰にも言えない。そんなことばかり考えていたら、人と関わること自体に苦手意識を抱くようになったのだ。
だけれども、
──僕もいつか、素晴らしい推理小説を書いてみたい。
そんな大それた夢のことも、沢多さんだったらきっと笑わずに聞いてくれるのだろうな。
「ごっ、ごめ」
「奈央ちゃーん、今日の放課後なんだけど、文化祭の準備が終わったら駅前のカフェ行こー? インスタでめっちゃ話題になっててさあ、由奈と亜美と一緒に行こうって話しててぇー」
顔が熱くなって咄嗟にまた俯く。すると、割り込むように中野さんの甲高い声が聞こえてきた。
クラスの中心的存在である彼女の声はよく通る。
あれ、こんな展開を僕は以前も見たことがあったような。それに確か今日は17時から──。
「ごめん、せっかく誘ってくれて嬉しいんだけど、実家委員の集まりがあって行けないや」
気になってしまって沢多さんたちの方に目を向けてしまう。
そうだ。この日は委員会があって、沢多さんは中野さんの誘いを断ったんだ。
「えぇーなぁんだ、奈央ちゃん来れないのー? がっかりー」
「ごめんって。今度埋め合わせするから」
「奈央ちゃんがいないといいね沢山貰えないからテンション下がるよー。ねえ、みんなー?」