また僕は身の程も弁えずに"好き"だなんて伝えてしまった。

どうして僕は口下手なのだろう。好きだ、僕がいるから、とまるで押し売りのようじゃないか。
いくら沢多さんが優しい人でも、こうも一方的に気持ちを押し付けられたら、内心は迷惑だったかもしれない。

君が世界から消えることはない。
そんなことをしても、いずれは皆、沢多さんのことを忘れて普通の生活をするのだろう。
そんなのは御免だ、あんまりだ、と。

なんとかして説得をしたいのに、いざとなると言葉が出てこないのはなんとも不恰好だった。
やっぱり、ここに加藤くんがいたらもっとうまく伝えることができたのだろうか。
気恥ずかしさでいっぱいいっぱいになってしまっている僕とは大違いなのだろう。

俯いたままドギマギしていると、チリン、と何処かで聞いたことのある鈴の音が鳴った。

「あ、猫ちゃんだ」


猫?

沢多さんが立ち上がってお寺の縁の下を覗き込んだ。
その場所から出てきたのは、あの黒猫だった。


「きっ、君は──っ」


自らを縁結びの神だと称していた、黒猫。僕を過去へと飛ばした不思議な黒猫は、こうしてこの世界でも僕の前に姿を現した。


「え? 東山くんどうしたの?」
「あっ、いや、ううん。なんでも……ないんだけれど」


闇夜で黄色に光る瞳が、僕をジッと見つめてくる。
ニャア、と鳴くだけで人の言葉を口にすることをしないのは、沢多さんがいるから?

ねえ、君は今も沢多さんの死相が見えるのかい?
お願いだから、言ってくれ。
もう彼女は前みたいには死ぬことを考えてはいないって。


「ニャア」
「かわいいねー。君はここに住んでるの?」


だけれども、黒猫は何も答えてはくれなかった。沢多さんに撫でられて気持ちよさそうにゴロゴロ鳴いている。


「鈴つけてる。飼い猫かな?」
「あ……うん、そう、かもね」


違う。その子は人には飼われていないというか、ただの猫ではないというか。おい、何か喋ってくれよ。どうしてただの猫のふりをしているんだ。


"もう一度云う。あの娘を助けたいか"
"ね……こ?"
"いかにも。小僧、猫が口をきくなんてあり得ないといった顔をしているな"

"妾は結びの神。冥界にたどり着いていないものであれば、なんでも結び寄せることができる"

屋上でこの黒猫と会話をした時の記憶が蘇る。

僕に会いにきたのではないのか?
君には今も運命が見えているんじゃないのか?


「東山くん、猫苦手?」
「いや、そういうわけじゃない、よ」
「そうなの? じゃあ君も撫でてみる? 人に慣れてるみたいで、可愛いよ」
「う、うん……」


沢多さんの隣におずおずとしゃがみ込むと、また黒猫の瞳がくるりと僕に向いた。
しっぽを静かに振って座っているこの子にそっと手で触れる。
いや、300年も生きていると言っていたし、この"子"と言っていいものなのか。

けれど──。


「──…ありがとう、猫さん」


僕と沢多さんをまた引き合わせてくれて。本当に感謝してもしきれないんだ。


「ありがとう?」


すると、沢多さんは猫に急にお礼をいいはじめた僕に、不思議そうな目を向けてくる。


「きっと君は、僕たちのことを見ていてくれてるんだよね」
「…東山くん?」
「あっ、ううん、なっ、なんでもないんだ。独り言だよ」


……そうだよな。
くよくよしている暇はないよな。
僕は今度こそ、自分を奮い立たせて後悔のしない人生を送らないといけないんだ。

きっと君の力がなかったら、いつまでも弱虫な僕のままだった。
大切な人ができることがこんなに怖いものなのだと知ることもなかっただろう。

たった一言でさえも、勇気を振り絞らないと喉の奥から出てきてくれないし、まだまだぜんぜん上手く生きることなんてできないけれど、不器用でもなんでもいいから、素直に思っていることを伝えるしかない。

完璧じゃなくて、いいんだよな。
沢多さんの心に少しでも届くように、僕なりにまっすぐに伝えるしか、ないんだよな。

──がんばるよ、僕。


「ニャア」
「変な東山くん」


沢多さんがとてもリラックスをして笑っている。
キラキラキラキラ。
星空の下で輝くのは君も一緒だよ。


少しずつでいいから、沢多さんの心を楽にさせてあげたい。
僕が君の笑顔を守りたい、なんて大それたことはまだ言えないけれど、以前の僕よりも君のそばにいられている気はする。
言えなかった台詞も、なんとか伝えられている。

もしも──後夜祭が終わっても沢多さんが生きていたとしたら。
それは、僕の力で未来を変えられたということになるのだろうか。


「でも、さっきのは、格好よかったなあ。ジンと来ちゃった」
「……ニャア」
「ね? 猫ちゃんも──そう思うよね?」


チリン。鈴が静かに鳴った。
黒猫は行儀よく座ったまま、何も言わない。くるり、と光った瞳がまた僕に向けられたような気がした。