背中が汗まみれだ。そもそも僕は人前に立つようなキャラじゃない。
「東山くんっていつも本ばっか読んでるから、喋ってるところ初めて見たかも」
「はっ、今日日直だったとか災難だな」
「そういって奈央ちゃんと一緒に実行委員をやれるのがちょっと羨ましいんでしょ」
視線を右往左往させていると、クラスの中心的人物の加藤くんと中野さんがコソコソと会話をしているのが聞こえてきた。
髪を茶色に染めている加藤くんは振る舞いからして派手で有名。着崩された学ラン。スラックスは今日も腰パンをしている。
サッカー部だったからか、筋肉質な体格。線の細い僕とは大違いで、男らしい。
これこそまるきり縁がない人物だ。
中野さんについても同じで、沢多さんが仲良くしている女子グループの中心的人物。
可愛いもの好きなのか、常に身なりには気を遣っている印象があった。
「あ? 中野てめえちょっと黙れや」
「怒ったぁー、コワァ」
「はぁーい、静かに静かに! じゃあさっそくだけど、催し物を何にするか決めようと思うから、20分まで各自考えてみてくださーい」
加藤くんは不機嫌そうに眉を顰める。
クルクルと自分の髪の毛をいじっている中野さんは、ケロッとした様子で。
すごいな、沢多さんはいつも会話の中心にいる。快活な加藤くんや中野さんと渡り合えるのは沢多さんくらいだ。
その点では僕は、彼らに声をかけることすらままならない。どうしても、引け目を感じる。
思っていることを口に出すことが苦手で、きっと苛々されるだろう。どもってうざがられるのが怖いとも思う。
……なおさら実行委員なんて、任せられる器じゃない。
「東山くん、板書頼める?」
「あっ、うん。分かった」
「ありがとう。助かる」
チョークを一本手に取る。
なんとなく落ち着かなくて沢多さんの横に並んだ。
彼女は、緊張をしないのだろうか。
統率力があって、発言力もある。どこにいても華があって、凛としている。高嶺の花といえばしっくりくるほど。
なんでもそつなくこなす完璧な沢多さんは、やはり僕とは別次元にいる人のようだ。すごいなあ。
「東山くんは文化祭、何したい?」
「え?」
「私はね、お化け屋敷がいいな」
「お化け屋敷、か……作るの大変だろうけど、きっと人気出るよね」
「ね。それで私、お化け役がやりたい」
「お化け……? 沢多さんが?」
「うーらーめーしーやーって、みんなのこと驚かすの」
「そっか、きっとみんなびっくりするだろうね」
もっとびっくりすることは、僕があの沢多さんと普通に会話をしているということだ。
本の中の文字だけを目で追っていた僕だけど、思えば、高校3年目にしてようやくまともにクラスメートと気さくに話しているのかもしれない。
実際、そうしている方が気楽だったのだ。
本は、僕に意見しない。本は、僕を受け入れてくれる。
「──そうだね、尻もちついてみんなが震えて絶叫してるところ、見たいかも」
するとその時、ふわり、とぬるい風が吹き付けてきた。
窓の外に広がっている積乱雲。青々とした空と、笑みを浮かべる沢多さん。
ふざけておどけているのだろう。絶叫だなんてそんな……と。人形のような彼女の横顔を僕はジッと見つめてしまった。
「はは、絶叫って……」
「わりと本気なんだけどな」
「でもいいね。スカッとしそう」
「そうなの。スカッとしたいの」
「沢多さんでもスカッとしたいことがあるなんて、意外だな」
「そうかな。普通にあるよ。例えばね、テスト前はストレスが溜まるでしょ? 大会の前は緊張するでしょ? 受験勉強しないといけないな、とかいろいろ」
「僕と同じだ」
「そうなの、同じなの。東山くんってなんだ。ずっと本ばかり読んでる人なのかと思ったけれど、喋ると面白いじゃんね」
「東山くんっていつも本ばっか読んでるから、喋ってるところ初めて見たかも」
「はっ、今日日直だったとか災難だな」
「そういって奈央ちゃんと一緒に実行委員をやれるのがちょっと羨ましいんでしょ」
視線を右往左往させていると、クラスの中心的人物の加藤くんと中野さんがコソコソと会話をしているのが聞こえてきた。
髪を茶色に染めている加藤くんは振る舞いからして派手で有名。着崩された学ラン。スラックスは今日も腰パンをしている。
サッカー部だったからか、筋肉質な体格。線の細い僕とは大違いで、男らしい。
これこそまるきり縁がない人物だ。
中野さんについても同じで、沢多さんが仲良くしている女子グループの中心的人物。
可愛いもの好きなのか、常に身なりには気を遣っている印象があった。
「あ? 中野てめえちょっと黙れや」
「怒ったぁー、コワァ」
「はぁーい、静かに静かに! じゃあさっそくだけど、催し物を何にするか決めようと思うから、20分まで各自考えてみてくださーい」
加藤くんは不機嫌そうに眉を顰める。
クルクルと自分の髪の毛をいじっている中野さんは、ケロッとした様子で。
すごいな、沢多さんはいつも会話の中心にいる。快活な加藤くんや中野さんと渡り合えるのは沢多さんくらいだ。
その点では僕は、彼らに声をかけることすらままならない。どうしても、引け目を感じる。
思っていることを口に出すことが苦手で、きっと苛々されるだろう。どもってうざがられるのが怖いとも思う。
……なおさら実行委員なんて、任せられる器じゃない。
「東山くん、板書頼める?」
「あっ、うん。分かった」
「ありがとう。助かる」
チョークを一本手に取る。
なんとなく落ち着かなくて沢多さんの横に並んだ。
彼女は、緊張をしないのだろうか。
統率力があって、発言力もある。どこにいても華があって、凛としている。高嶺の花といえばしっくりくるほど。
なんでもそつなくこなす完璧な沢多さんは、やはり僕とは別次元にいる人のようだ。すごいなあ。
「東山くんは文化祭、何したい?」
「え?」
「私はね、お化け屋敷がいいな」
「お化け屋敷、か……作るの大変だろうけど、きっと人気出るよね」
「ね。それで私、お化け役がやりたい」
「お化け……? 沢多さんが?」
「うーらーめーしーやーって、みんなのこと驚かすの」
「そっか、きっとみんなびっくりするだろうね」
もっとびっくりすることは、僕があの沢多さんと普通に会話をしているということだ。
本の中の文字だけを目で追っていた僕だけど、思えば、高校3年目にしてようやくまともにクラスメートと気さくに話しているのかもしれない。
実際、そうしている方が気楽だったのだ。
本は、僕に意見しない。本は、僕を受け入れてくれる。
「──そうだね、尻もちついてみんなが震えて絶叫してるところ、見たいかも」
するとその時、ふわり、とぬるい風が吹き付けてきた。
窓の外に広がっている積乱雲。青々とした空と、笑みを浮かべる沢多さん。
ふざけておどけているのだろう。絶叫だなんてそんな……と。人形のような彼女の横顔を僕はジッと見つめてしまった。
「はは、絶叫って……」
「わりと本気なんだけどな」
「でもいいね。スカッとしそう」
「そうなの。スカッとしたいの」
「沢多さんでもスカッとしたいことがあるなんて、意外だな」
「そうかな。普通にあるよ。例えばね、テスト前はストレスが溜まるでしょ? 大会の前は緊張するでしょ? 受験勉強しないといけないな、とかいろいろ」
「僕と同じだ」
「そうなの、同じなの。東山くんってなんだ。ずっと本ばかり読んでる人なのかと思ったけれど、喋ると面白いじゃんね」