「加藤には関係ないことだよ」
「おい、待てって。まさかあんな地味な奴を本気で相手にしてるとか言わねぇよな。そんなダセェことしてんな──」
「……煩いなっ!」


パシン。
加藤くんが沢多さんの肩を掴んだ時、彼女はそれを手のひらで冷たく払った。
ドキドキしていたのも束の間、地の底に突き落とされたような疎外感を得るとともに、普段と様子の異なる彼女に釘付けになった。

苛立っているようだ。
そういうことに疎い僕でも分かる。沢多さんは加藤くんのことを拒絶している。


「はやく教室に戻って、加藤」
「なんでだよ。なんであいつはよくて俺はダメなんだよ!」
「いいから戻ってよ! はやく! 私は加藤に話すことなんてない! 東山くんのことだって、そんな風に言わないでよ!」
「納得いかねぇよ! なんなんだよ、東山の告白、受けるつもりなのかよ。あんな突拍子もねぇところで急に告ってくる変な奴のどこがいいのか分かんねぇんだけど。浮いてる奴がほっとけねぇだけ? 親切にしてやってるだけなら、可哀想だからちゃんと断ってやれっつってんだよ」


さっきからチクチクと胸が痛い。
彼女たちは仲がいいのではなかったのか。僕はずっとそう思っていた。

なのに、なんだ?
そうじゃないのか?


「……加藤はいつも、自分のことしか考えてないんだね」


視線を下げている沢多さんは、笑っていなかった。
加藤くんと沢多さんのこんな距離感を僕は知らない。ああ、なんだ。どう見たって、お似合いじゃないか。
これは、前の世界で彼女たちのやり取りを見ていても思ったことだったのに、僕の恋心を自覚した今となっては複雑な気分になってしまった。

目を逸らしたくなる。


「そういうの、やめてくれないかな」
「……沢多、おい」
「私のことを決めつけないで。お願いだから」


沢多さんは冷ややかに口を開くと、そのまま校舎へと戻っていってしまった。

僕は何も見えていなかったのだ。
まるで別世界の人たちだと思って傍観していただけだった。

加藤くんはどう見ても、沢多さんのことが好きなのだろう。それなのに僕も彼女に恋をしているだなんて、まるで月とすっぽんくらいの差がある。

加藤くんのようなハンサムな男子と比べたら、余程見劣りしてしまうことは自覚していたから、尚更ショックだった。
僕なんかよりも沢多さんを救えるヒーローのような人がいたじゃないか。頼りない僕よりも、ずっとずっと男らしくて格好いい男の子が。


彼女が死に際に言ってくれた、"大好き"という言葉はどういう意味だった?
近くに加藤くんのような人がいたのに?
どうして?

情けないことにそう思ってしまって仕方がなかった。

絶対に助ける。絶対に、死なせない。
あの日の夜に強く誓った。

──だけど、黒猫の神様は何故、縁を結ぶ相手として僕を選んでくれたのだろう。