「ごっ、ごごごごめんっ、いきなりこんなの困るよねっ」
「なんで? すごく嬉しいのに」
「えっ」
「行こうよ。私星見るの好きなの。誘ってくれてありがと…!」


放課後の廊下を歩きながら、変な声が出そうになった。
夕暮れ時の校舎はコントラストが鮮やかだった。机と椅子の伸びた影。乱雑に文字が消されている黒板。グラウンドから聞こえてくる運動部の掛け声。

そして隣にいる沢多さん。
笑っている彼女の顔を見るたびに、油断をすると涙が出てきそうになる。それくらい、後夜祭での悲劇的な光景が今も鮮明に目に浮かぶのだ。


「ほんとに……? じゃっ、じゃあ、今週の土曜日の夜7時はどうだろう?」
「うん、大丈夫。あっ、そうだ。せっかく星見るんだったらおすすめの場所があるから、そこ案内してもいい?」


頷くと沢多さんは"やった"と楽しそうに目を細めた。
教室の中に戻って荷物を手に持つ。
夕焼けに照らされている沢多さんの横顔があまりにも絵になっていて、つい見惚れてしまった。


「──君はさ、私を好きって言ってくれたけど、私って実はそんなにいい子じゃないかもしれないよ」


ぼーっとその場に立ち尽くしていると、不意に眉を下げた彼女と目があった。
カアッと顔が熱くなる。
一瞬視線を逸らしそうになって、それではダメだ、と強く拳を握った。


「いい子じゃなくても、いいんだ」
「……え?」
「僕は沢多さんだったら、なんでもいい」


自分がとんでもなく痒いことを言っていることは理解している。
けれど間違いなく、大真面目に伝えていた。


「なんでもいいだなんて、まるで少女漫画みたいな台詞」
「わ、笑わないでよ!」
「笑ってないよ。だって、君の目が真剣だもん」

といいつつクツリと笑っているじゃないか。
狼狽している僕を他所に、沢多さんはリュックを背負って歩きはじめる。


「ぼ、僕はっ……どんな君のことでも、知りたいと思ってるよ! すっ、好きなものも、嫌いなものも、得意なことも、ふ、不得意なことも、嬉しいことも、悲しいことも! 全部! たとえそれがどんなものであろうと、君と享受したいんだ!」


そんな彼女に向けて、顔を真っ赤にして話しかけた。
ギュッと拳を握る。振り返った沢多さんは僅かに目を丸くしていた。
こっちはいっぱいいっぱいになっているというのに、沢多さんは余程慣れているのかサッパリとしているように見える。


「そんな情熱的な告白、はじめてされた」
「……うっ!」
「東山くんは周りに興味がない人なのかと思ってたから、本当にびっくりしたんだよ」


──未来は少しずつ変わっているのだろうか。
僕の小さな勇気で、沢多さんを救うことができているのだろうか。