「東山くん?」
「えっ……あ、えっと、ごめん、ぼーっとしちゃってた」
「あはは、なんか君って不思議な人だよね」


進路指導室近くの廊下を歩くと、模擬テストの案内が貼られている。
大学の案内資料を横目に、僕はまた未来のことを考えた。
人生において割と重要な分岐点にある今は、ただでさえ多感な時期にあると思う。就職するのか進学するのか、就職をするのなら就職先はどこにしよう、大学に行くのなら国公立か私立どちらを選ぼう。

──だなんてことを考えるだけでストレスが溜まる。
もしかすると沢多さんにもそういうものがあったのかな。それとも、進路以外で別に悩んでいることはあったのかな。
あの日、屋上で見た太腿の大きな痣はどのようにしてついたものなのか。
それが気掛かりで仕方がない。


「あっ、あのさ、沢多さんっ」


"困っていることはないか"
"悩んでいることはないか"

きっと普通に聞いても笑って誤魔化されてしまうような気がした。
こういう時、どんな風に距離を詰めていったら良いのかは分からなかったのだけれど、会話が途切れてとっさに声をかけてしまった。

どうしよう。顔が熱い。
なんて言えばいいんだ。
えっと、えっと──…あ、そうだ!


「星!」
「えっ?」
「星を、一緒に見に行きませんか」


思いついたのは、前の世界で沢多さんに連れて行ってもらったお寺の境内。
満天の星が息を呑むほどに綺麗だったのを今でも覚えている。
文化祭でお化け屋敷をすることができなかった代わりに、墓地で肝試しをしようと提案されたことがきっかけだった。

今では僕の中で大切な思い出になっている。
加えて、そこにいけば黒猫の神様に会えるかもしれないとも思ったのだ。


「嫌じゃなければ……だけど。そっ、その、僕、もっと沢多さんと仲良くなりたくて、えっと、えっと、迷惑じゃなかったらできれば星を見ながらいろんな話ができればなって……」


かなりぎこちないし、辿々しい。
以前と違うところは、今回は僕から沢多さんを誘っているということだ。
これでも正直めちゃめちゃ勇気を振り絞った。
人生で初めて女子をデートに誘っている。というか男子にも遊びに誘ったことがないのに、いきなり飛躍しすぎではないか。

自分から誘うのってこんなに緊張するんだ。
"断られるかもしれない"というマイナスな思考がどうしても先行してしまう。踏み込むのは怖いけれど、踏み込まないと何も知れないのだ。

恐る恐る沢多さんを見ると、彼女はキョトンと首を傾げていた。
ああっ、ダメか。ダメだよな、失敗した。いきなりデートはまずかった。すっぽりと忘れていたけれど、僕は、突拍子もなく告白をしてきた根暗な男子であったのだ。
切羽詰まっていたとはいえ、順番をいろいろと間違えている。