沢多さんの発言に反応するのは、クラスの中心的存在の加藤くんと中野さんだった。
これも過去に戻ってくる前とまったく同じ展開で、中野さんは相変わらずホストクラブから譲らない態度をとっている。
中野さんってどういう人なんだろう。
ファッション雑誌をよく読んでいたな。
髪色をよく変えているな。
SNSが好きみたいだな。
スカートがすごく短い人だな。
身なりに気を遣っていて、10分に1回は鏡を見ている。
そんなに前髪を触って、何が気になるんだろう。
……それからよく見てみると、割と気が強い印象も受けるかもしれない。
思えば、僕はこれまでクラスメートの個々人はもちろん、中野さんや加藤くんを中心としたグループにすら関心を向けたことはなかった。
沢多さんが彼らとよく一緒にいることくらいしか知らない。
それほど周りに無関心だったのだ。
「あはは、困ったな」
「見ろよ。沢多が困っただろ」
「うわあ、加藤が奈央ちゃんのこと庇ってる」
「あ? 中野、お前いちいちいい加減にしろよ」
「はあ〜〜うっざ。いちいち加藤がしゃしゃり出てくるんですけど。じゃあさじゃあさ、奈央ちゃんは何やりたい?」
「私?」
中野さんはクルクルと髪を弄りながら、沢多さんに声をかける。
他のクラスのメンバーたちが中野さんのことを見ている、というこの流れも全く同じだ。
でも、あれ?
そんな様子を見ていて、ふと疑問に思う。
なんでここで"沢多さんが何をしたいのか"という質問がされたのだろう。
どの道、多数決になるのだからいいじゃないか。中野さんはそれを知ってどうするつもりだったんだ?
「私は──」
「あ、あのっ……」
ど、どうしよう。
口を開いてしまった。
変な汗がどっと沸いてしまってしょうがない。
「え、何?」
「どうしたの、東山くーん」
「ウケる。めっちゃ震えてんじゃん」
──だけど。ぐっと拳を握る。
疑問に思ったことから逃げてはいけないような気がしたから。
俯いていた顔をあげる。隣から沢多さんの無言の視線を感じる。ごめんね、口を挟んだら迷惑だったのかもしれないけれど、僕はもう"何もしない"でいるのは懲り懲りなのだ。
だから勇気を出すんだ、と心に決め、僕は沢多さんの発言をどもりながら遮った。
「みっ、皆が各々やりたいものがある気持ちはすごくわかるんだけど、せっ、せっかく素敵な案がたくさん出たから、これをもとにしてもっとブラッシュアップできない、かな?」
多分、顔が真っ赤になっている。
皆がいる前で公開告白をしたあげく、何を偉そうなことを言っているんだ?と思われているかもしれない。
すごく怖いし、恥ずかしいし、足なんて震えているし、頭が真っ白になって自分が何を言っているのか意味不明だけれど、黙っているままではいけないと思ったから。
「たっ、たとえばだけど、縁日とハンバーガー屋さんだったら、屋台要素をいれたら一緒にできるね、とか。お化け屋敷に脱出ゲーム要素を入れたら、面白そうだな……とか、皆のアイデアをうまく組み合わせたら、きっ、きっと、すごくいい高校最後の文化祭の出し物ができると思うんだっ……」
心臓がバクバクする。
言った。
言ってしまった。
話題をすり替えるようなことをした。
手をつよく握り締めすぎて、手のひらを爪で引っ掻いていたようだ。
「……けど、どう、かな……?」
覚悟をきめたはずなのに情けないな、怖くてしょうがないや。
……怖くない。やっぱり怖い。
いや、怖くない。
怖くないと思いたい。
だけどやはり何か言われたらどうしよういう考えが脳裏をよぎる。
内心怯えながらギュッと瞑ってしまった目を開けると、皆は思っていたものとは違う表情を浮かべていた。
「ふーん、なるほど。なんかそれいいアイデアかもね」
「つーか、東山くんって割と熱血キャラ?」
「急に喋り出すから何を言うのか思ったわ」
「てかさ、さっきの沢多さんへのラブコールにはびっくりしたよね?」
「わっ……! それはっ!」
「私、東山くんって本しか読まない人なのかと思ってた。喋ってるところを見るのはじめてなくらいじゃない?」
「陰キャラって何考えてるかほんと分かんねぇな」
「──ぼっ、僕のことはそっとしておいてくださって結構ですので、話し合いをっ、話し合いをしましょう」