「それでは、来月10月に行われる文化祭の実行委員を決めたいと思うが、立候補者はいるかな?」


担任の田中先生が教壇に立つ。
黒板には"文化祭実行委員"という文字が書かれていた。

立候補する人なんているのだろうか。ちなみに僕は絶対に手はあげられない。人前に出て喋ることはおろか、クラスメートたちを仕切るのなんて更々無理な話だった。


「そんなのめんどいしムリムリ〜」
「加藤お前やれよ」
「はあ〜? 嫌だよ、お前やれよ」
「俺、平山を推薦しまぁ〜す」
「ちょっ、やめろよ! ふざけんな」


ザワザワと騒ぎ立てている様子を、ただなんとなく眺める。
立候補するなら目の前に座っている沢多さんあたりだろうと思ったが、彼女が手を上げることはなかった。


「なんだ、誰もやらないのか。じゃあこの際今日の日直にしてしまうぞ?」


こういうクラスの決め事に関してはこれまでも他人行儀に聞き流していただけだったのに、思いがけない提案がされてハタリと固まった。


──え。

どうせくじ引きか何かだろうな、と思っていた矢先。
田中先生の唐突な思いつきに冷や汗をかいた。

今日の日直?
黒板の右端には、9月10日(水)日直:東山・沢多 の文字。何度目を擦ってもそう書いてある。

そんな大事な役割を日直だからという安直な理由で決めてしまっていいものなのかと抗議をしたいが、僕にそのような度胸はなく。
待ってくれよ。なんで今日に限って、日直だったんだ。


「というわけで東山くん、沢多さん。頼まれてくれるかな?」


顔面蒼白だ。
いいわけない。
できるわけないだろ。
人前に立つような役割なんて、そんなのうまくできっこない。

沢多さんは慣れているにしても、僕はこういうものはまったく──。


「私はべつに平気ですよ」
「おお、頼もしいな。東山くんはどうかな?」


もちろん、お断りをしようかと思った。
無理に引き受けてしまって、文化祭を台無しにしてしまう方が怖いからだ。何よりもクラスメート40人をまとめられる自信が僕にはなかった。

"できません"と言おうとして、目の前に座っている沢多さんが振り返る。
揺れる黒髪。宝石のような瞳がまっすぐ僕に向けられて、ドキリとした。


「あ……えっと、その」


どうしよう。
沢多さんが実行委員をやるのだったら、他に一緒にやりたい人もいるかもしれない。
やっぱり断ろうと思ったが、沢多さんがジッと僕を見てくるから。


「じゃ、あ、やります」


安直にも承諾してしまった。

あ、言って、しまった……。

頷いて、しまった。

すぐに撤回しようと思ったけれど、先生の嬉しそうな顔を見ると言い出しにくくなってしまい、押し黙る。

しまった。つい、できもしない役割を引き受けてしまった。無理だ。絶対に僕には無理なのに──どうしよう。

どうしよう。
どうしよう…!


「ありがとう! 2人とも助かるよ。それじゃあ先生は職員室に用事があるからいったん抜けるけど、このあとの進行は任せたからね」


ガラガラ、パタン。
田中先生がいなくなった途端にワァッと賑やかになる。


「やった! てことは、5、6時間目はこのままぶっ通しで文化祭の話し合いじゃね?」
「先生いなくなったし騒げるじゃん」
「ちょっと男子ぃ、真面目に話し合いする気あるの〜?」
「私、出し物はお化け屋敷がいいなあ!」
「絶対他のクラスもお化け屋敷やりたがるよね。勝ち取れるかな」
「お前雪女とか似合いそうだわ。ウケる」
「もうっ、加藤〜っ?」


た、大変なことになった。
僕が彼らをまとめることなんてできるわけがないじゃないか。
高校3年生のメインイベントだぞ?
なんでそんな重要な役割を引き受けてしまったんだ、と頭を抱える。

そもそも、クラスの人気者である沢多さんと一緒にやることになるだなんて──。


「東山くん、よろしくね」
「うっ……うん、よろしく」


椅子から立ち上がった沢多さんが軽く会釈をしてくると、つられて頭を下げてしまった。

ぜんぜんよろしくじゃない。
心臓が口から飛び出そうになりながらも、僕も慌てて立ち上がって教壇へと向かう。

数学の授業で問いの回答を板書するだけでも緊張するというのに、こんなもの、僕にはハードルが高すぎる。
みんながこっちを見ていると思うと、身体がカチコチになるのだ。

実行委員だなんて何をどう進めればいいのか、と困惑していたが、沢多さんはそんな僕を見てにっこり笑ってきた。


「はぁーい、みんな静かにぃ! 文化祭実行委員になりました、沢多奈央です。よろしくねー!」


各々の会話に花を咲かせていた彼らは、一変して静かになった。
すごい。さすが沢多さんだ。関心をしていたら、隣から視線が向けられてくる。


「次、東山くん。君の番だよ」
「あっ」
「自己紹介」
「あ……ああ、ひ、東山若葉です。よろしく、お願いします」