「2学期は始まってるんだぞー? いつまでも夏休み気分でいるなよー?」


担任の田中先生が教壇に立つ様子を眺めながら、僕はひとつ深呼吸をした。


──まず、状況を整理しようと思う。
僕は黒猫の不思議な力によって、過去へと飛ばされた。
単に夢を見ているだけなのかと思ったけれど、きちんと味覚まであるようだったから、僕は本当に沢多さんがまだ生きている世界へと戻ってこれたんだと思う。

まさか。
こんなことが現実に起こりうるのか?
まるでファンタジー小説のようだ。


手に持っているモーモーミルクのキャンディーは、以前まったく同じシチュエーションで彼女から貰った。
こっそりと先生にバレないように口の中に放り込むと、彼女が好きだと言っていたまろやかな甘さが広がって泣きそうになった。


夢じゃない。
──本当に、過去に戻ってこれたんだ。


自らを結びの神だと言っていたあの黒猫は何者だったのか。
また、どこかから僕のことを見ているのだろうか。
2度目の世界では同じ過ちを繰り返したくない。もうただの傍観者でいることはしない。
自ら死を選ぶなんて残酷なことを、絶対に沢多さんにさせないから──。



「それでは、来月10月に行われる文化祭の実行委員を決めたいと思うが、立候補者はいるかな?」


担任の田中先生が教壇に立つ。
"文化祭実行委員"と書かれている黒板の文字を見て、ハッとした。

そうだ。
9月10日は文化祭の実行委員を決めた日だった。たしか、前の世界では立候補者が誰もいないくて、半端押しつけられるように日直である僕と沢多さんが任命されたのだった。

僕と沢多さんが仲良くなるきっかけでもあった文化祭実行委員。
当時の僕は人前に出る機会なんてそうそうなかったし、仕切る、なんてことにはもっぱら苦手意識を持っていたから心底やりたくないと思っていた。

あの時沢多さんは本当はどう思っていたのだろうか。
嫌なことを言わずにテキパキと司会進行を進めていく沢多さんのことを、ただすごいなあと眺めているだけだった。

思えば、こういうクラスのイベントがあるごとに沢多さんは何かしらの役割に任命されることがよくあったような気がする。
しっかりしている性格で、成績優秀者で、人望が厚い学校の模範生徒だから、と。

僕は、彼女のことを何も知らなかった。
勝手にそう解釈している他の人と一緒だったんだ。


「そんなのめんどいしムリムリ〜」
「加藤お前やれよ」
「はあ〜? 嫌だよ、お前やれよ」
「俺、平山を推薦しまぁ〜す」
「ちょっ、やめろよ! ふざけんな」


派手グループである中野さんや加藤くんたちが騒いでいる中で、僕は1人生唾を呑んだ。

行動を、変えなきゃ。
考え方を変えなきゃ。
勇気を、持たなきゃ。
怯えてなんていられない。
つまらない保身をしている場合ではない。

笑われてもいい。うまくできなくてもいい。
目の前で沢多さんが落ちていく姿を見る以外に、怖いものなんてないんだ。

これが彼女の心にどう響くのかは分からないけれど、同じことの繰り返しになることだけは避けたいから。


「なんだ、誰もやらないのか。じゃあ──」
「ぼ、僕が、やります」


ゆっくりと右手を上げると、教室の中にいる誰もが目を丸くした。
それもそうだ。
これまで大して目立ちもしなかった僕が急に立候補をするのだから。

沢多さんも僕のことを振り返って凝視している。
まさかこの僕が自分から手を挙げるなんて思っても見なかったんだろう。


「おお……東山くんか。ありがとう助かるよ」


決意を固めたのは良いのだけれど、全員の視線が集中することには未だにドギマギする。
というか、先ほど僕は勢いあまって沢多さんに告白をしてしまったのだった。
しまった、今頃になって緊張してきた。


「東山くん、急にどうしたんだろうね?」
「こういうのやるキャラじゃないよねどう見ても」
「沢多に急に告るわ、慣れないポジションに立候補するわ、頭おかしくなったんじゃね?」
「絶対そうだよ〜。マジになってださいわあ」