声が震える。
涙が溢れてくる。
この言葉を伝えたくて仕方がなかった。

夢じゃない?
現実なのか?
目の前にいるのは、本当に沢多さんなのか?


「えっ!?」


──9月10日。
ひとつ、頭の中によぎった仮説は、黒猫の不思議な力によってどうやら僕が過去に飛ばされたのだということ。

そして目の前にいる君は、僕のことを大好きだと言ってくれた沢多さんではないのだろう。

僕がこれまで見てきた思い出の数々も、君は何一つ知らない。
一緒に見上げた星空の美しさも。
分けあったアイスの味も。
お互いの好きなものについて語り合った時間も。
目の前にいる君がそれらを知らなくてもかまわない。
とにかく、彼女が生きているだけで十分だと思った。


「なっ、何言ってるの急に。東山くん!」


思い切り動揺している沢多さんは、しきりに周りを見回す。
そうだよな、僕にとってはそうじゃなくても、今の沢多さんにとってはいきなりだよな。だけど、言わずにはいられなかった。
目頭が熱くなってしまってどうしようもないんだ。


「東山が沢多に告った!」
「普通にムリっしょ。奈央ちゃんだよ? 玉砕オツカレ〜」
「マジで陰キャラは何考えてるか分かんねぇわ。なあ、加藤?」
「……あ? ああ……」


いつまでも弱虫のままではいたくない。
地味で根暗であろうと、それがどうした。
以前の僕は身を縮こめて人と関わることを避けていた。
目立つことを避けていた。
あえて1人ぼっちになることを選んでいた。
ただ沢多さんに憧れているだけで、別世界にいる人なのだと決めつけて近づくことを諦めていた。
もうあんな思いをするのは御免なんだ。
もしも本当に僕が悔いた過去をやり直すチャンスを手にしたのなら、前の世界で踏み出せなかった一歩を、僕の意志で踏み出したい。



「皆にどう思われてもいい。僕は、僕だけは君のことが好きだから。それを忘れないでいてほしいんだ……!」


ヒュ〜〜〜〜、冷やかしの口笛が聞こえてくる。
目を丸くした沢多さんは、何かを言いかけてから口を閉じた。



「奈央ちゃんが東山くんみたいな地味メンを相手にするわけないのにねぇー。カワイソー」
「今時そんな暑苦しい告白する男子っているのー? ていうか僕だけは〜って、なにそれきもっ」


クラスの中心グループに属する中野さんたちがケラケラと笑っていた。
その中でただ1人、加藤くんはジッと僕のことを見てきている。



「──いったい何を騒いでいるんだー? 授業始めるから席につけー?」


そんな時、混沌の間を縫うようにして担任の田中先生が教室の中に入ってきた。
沢多さんは慌てて僕の手から自分のそれを引っこ抜くと、正面を向いて座り直してしまう。

さらりと流れる黒髪が目の前にある。
それだけで、また泣きそうになった。


彼女が目の前で屋上から飛び降りたのは、僕の中ではたった数分前の出来事だったから。

喉が枯れるほど泣いた感覚も残ってる。
胸の焦燥も、手のひらが空を切った絶望感も。
叫びたくなって、この世の不条理を憎んだ。


なんだってするから彼女を返して欲しかった。
──僕は本当に、あの黒猫の神様に縁を結んでもらったんだ。