はしゃいでいる生徒たちの声が遠くから聞こえてきた。
ここからでも火が灯されている様子が確認できるくらいには、ここの屋上には柵も何も設置されていない。
「見つかっちゃったって、何を言っているんだよ」
「バレないようにこっそりと移動したつもりだったんだけどなあ」
「沢多さん、とにかくそこは危ないからはやくこっちに」
スピーカーからムードのある音楽が流されはじめた。
この目の前にある状況を皮肉っていると思うほどには明るいテンポの曲だった。
「東山くん」
ふわり、彼女が履いているスカートが揺れる。
あと一歩踏み出せば落下してしまいそうな場所にやけに冷静に立っている。その様子が逆に怖かった。
「私はね、君に隠してたことが沢山あったんだよ」
「隠してた…?」
「本当のことを打ち明けるのって、実は怖いんだ。勇気もいる。冗談でしょ、って笑って流されたらどうしようって」
彼女は一体、なんの話をしているんだ…?
目の前にいるのは僕が知っているどの沢多さんとも違う。
クラスの中心的立ち位置にいる人気者の沢多さんでも、頼りがいのあるリーダーである沢多さんでも、なんでも器用にこなす憧れの沢多さんでもなかった。
「君にだったら、話せるかもって思ったんだ」
ひらり、大きく靡いたスカートの隙間から、どす黒い色をした大きな痣が見えた。
──とっさに自分の目を疑った。
「沢多さん、それっ──」
「君は、私のことどう思ってた?」
「……え?」
「皆から人気者な沢多さん? それとも、いつも明るいポジティブな沢多さん? それとも、品行方正で優等生な沢多さん?」
「ぼ、僕は」
「私、ぜんぜんそんなんじゃないよ」
なんだ?
なんだこれ。
何故、沢多さんはそんな場所で笑っているのか。
強い風が吹きでもしたら飛ばされてしまいそう。全部を諦めたような目をしている彼女を見て、心臓が鈍い脈を打つ。
「誰にでもいい顔をしていないと怖いから。こういうキャラをしていれば、皆から嫌われることはないだろうから。自分を守るためだけに、そうしてるの」
「さ、沢多さん」
「好きなものも、会話も、持っているコスメだってみんなに合わせる。じゃないと浮いてしまうから。仲間はずれにされるのが私は何よりも怖かった。だから、理想の生徒を演じて、誰からも好かれるように振る舞ってたんだよ」
めらめらと揺れている炎を遠巻きから眺めている沢多さんが、一向にこちらに戻ってきてくれない。
いつもはあんなに明るいじゃないか。
どうしちゃったんだ、なんで、泣きそうな顔をしているんだよ。
僕は──君のことを何も、知ろうとしていなかった。
「だけどなんかもう──辛い」
背筋を撫でるような気持ち悪い風が吹いてくる。
とっさに一歩踏み出して、口を開いて、閉じて、またゆっくりと開いた。
「沢多さん、僕は、」
──僕は、君が好きだ。
好きなんだ。
そう伝えたかった。
それなのに、沢多さんは諦めたように笑うから。なんで、どうしてどうして。もとの明るい沢多さんに戻ってよ。
今にも消えそうな顔をしないでくれよ。
「私、こんな自分が本当はずっと嫌いだった」
「沢多さんっ……」
「だからね、堂々と1人ぼっちになれる君のことが、すごく羨ましくて、格好良くて仕方がなかったんだ」
ひらり、ひらり、紺色のスカートが揺れる。
──おい。
やめて、くれよ。
やめて。
やめてくれ。
やめてくれ。
やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。
頼むから、煽るような風なんて吹かないでくれ。
全身から冷や汗が吹き出してきた。思考がショートして、妙に焦って。走らなきゃ、彼女のもとに駆け寄らなきゃと危険信号が鳴る。
ここからでも火が灯されている様子が確認できるくらいには、ここの屋上には柵も何も設置されていない。
「見つかっちゃったって、何を言っているんだよ」
「バレないようにこっそりと移動したつもりだったんだけどなあ」
「沢多さん、とにかくそこは危ないからはやくこっちに」
スピーカーからムードのある音楽が流されはじめた。
この目の前にある状況を皮肉っていると思うほどには明るいテンポの曲だった。
「東山くん」
ふわり、彼女が履いているスカートが揺れる。
あと一歩踏み出せば落下してしまいそうな場所にやけに冷静に立っている。その様子が逆に怖かった。
「私はね、君に隠してたことが沢山あったんだよ」
「隠してた…?」
「本当のことを打ち明けるのって、実は怖いんだ。勇気もいる。冗談でしょ、って笑って流されたらどうしようって」
彼女は一体、なんの話をしているんだ…?
目の前にいるのは僕が知っているどの沢多さんとも違う。
クラスの中心的立ち位置にいる人気者の沢多さんでも、頼りがいのあるリーダーである沢多さんでも、なんでも器用にこなす憧れの沢多さんでもなかった。
「君にだったら、話せるかもって思ったんだ」
ひらり、大きく靡いたスカートの隙間から、どす黒い色をした大きな痣が見えた。
──とっさに自分の目を疑った。
「沢多さん、それっ──」
「君は、私のことどう思ってた?」
「……え?」
「皆から人気者な沢多さん? それとも、いつも明るいポジティブな沢多さん? それとも、品行方正で優等生な沢多さん?」
「ぼ、僕は」
「私、ぜんぜんそんなんじゃないよ」
なんだ?
なんだこれ。
何故、沢多さんはそんな場所で笑っているのか。
強い風が吹きでもしたら飛ばされてしまいそう。全部を諦めたような目をしている彼女を見て、心臓が鈍い脈を打つ。
「誰にでもいい顔をしていないと怖いから。こういうキャラをしていれば、皆から嫌われることはないだろうから。自分を守るためだけに、そうしてるの」
「さ、沢多さん」
「好きなものも、会話も、持っているコスメだってみんなに合わせる。じゃないと浮いてしまうから。仲間はずれにされるのが私は何よりも怖かった。だから、理想の生徒を演じて、誰からも好かれるように振る舞ってたんだよ」
めらめらと揺れている炎を遠巻きから眺めている沢多さんが、一向にこちらに戻ってきてくれない。
いつもはあんなに明るいじゃないか。
どうしちゃったんだ、なんで、泣きそうな顔をしているんだよ。
僕は──君のことを何も、知ろうとしていなかった。
「だけどなんかもう──辛い」
背筋を撫でるような気持ち悪い風が吹いてくる。
とっさに一歩踏み出して、口を開いて、閉じて、またゆっくりと開いた。
「沢多さん、僕は、」
──僕は、君が好きだ。
好きなんだ。
そう伝えたかった。
それなのに、沢多さんは諦めたように笑うから。なんで、どうしてどうして。もとの明るい沢多さんに戻ってよ。
今にも消えそうな顔をしないでくれよ。
「私、こんな自分が本当はずっと嫌いだった」
「沢多さんっ……」
「だからね、堂々と1人ぼっちになれる君のことが、すごく羨ましくて、格好良くて仕方がなかったんだ」
ひらり、ひらり、紺色のスカートが揺れる。
──おい。
やめて、くれよ。
やめて。
やめてくれ。
やめてくれ。
やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。
頼むから、煽るような風なんて吹かないでくれ。
全身から冷や汗が吹き出してきた。思考がショートして、妙に焦って。走らなきゃ、彼女のもとに駆け寄らなきゃと危険信号が鳴る。