◆
『──まもなく、キャンプファイヤーが始まります。みなさま、グラウンドにお集まりください』
17:00。
"文化祭実行委員"という文字が書かれた腕章をつけて、僕は外を歩き回っていた。
というのも、実行委員が招集されている時刻になっても、グラウンドのテント前に沢多さんの姿がなかったからだ。
まさか、彼女に限って忘れることなんてないよな。
これまでに一度だってこういった集まりに遅刻したことはなかったのに、いったいどうしたんだろう。
体調を悪くしてどこかで座り込んでいるのではないか。だとしたら、探してあげないと。
『10分になりましたら点火いたします。生徒も、先生も、後夜祭は一緒になって楽しみましょう』
校内アナウンスが流れはじめると気持ちが焦る。
僕は心配になって昇降口まで1人で戻ってきてしまった。
校舎の中を急足で歩くと、電気が消えている廊下はすっかりがらんとした風景が広がっていた。
陽が落ちた世界の中にただ置かれているだけの机と椅子。片付けが途中のまま放置されているダンボール。
文化祭終わりの寂しげな風景。
これほど無音な校舎を歩くことはそうそうなかった。
外から賑やかな笑い声が聞こえてくる中で、僕はこの裏寂しい空間にポツンと1人でいた。
「沢多さーん……いるー?」
いないかもしれない。
行き違いになっただけかもしれない。
3年生のフロアを一通り回ってみても、彼女の姿を見かけることはなく。
こうしてみると、2人で肝試しをした時を思い出した。
あの時はすぐに沢多さんが飛び出してきてくれたけれど、今回は、帰ってくるのは無言だけ。
「おーい……、後夜祭始まっちゃうよー」
やっぱり、気のせいだったのかも。
今頃グラウンドで、逆に僕のことを探しているかもしれない。
階段を降りようと一歩踏み出した時、ガチャン、と上の方から物音が聞こえてきた。
──え?
「沢多さん?」
その確信はなかった。
けれど、音がした方向へと足が進んでいく。階段を上がった先あったのは、屋上へと続く扉だった。
屋上?
なんで?
抱いたのは単純な疑問。
ここが"生徒立ち入り禁止"の場所であることもすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
僕は深く考えることをしないまま、ドアノブに手をかけて扉を開けたんだ。
猛烈な風が吹き込んでくる。
目を閉じて、ゆっくりと開ける。
バサバサバサッ、と鳥が飛び立つ音がした。
『点火まで──、3、2』
陽が沈んだ薄暗い世界が広がる。
僕の眼前で、艶のある真っ黒な髪が風にのって揺れていた。
サラリ、サラリ、とても綺麗に。
そこではじめて、この日は月が出ていたことに気づいた。
「沢多さん………?」
グラウンドはライトで照らされていて賑やかだった。
そんな光景を、彼女、沢多奈央さんは屋上の端っこの足場を踏み越えたところから、立って静かに眺めていたんだ。
『いーち、』
危ないよ。そんなところで。
どうして、そこにいるの。
何がどうなっているのか分からずに声をかけると、彼女は顔だけをこちらに向けて、哀しそうに笑った。
「──…見つかっちゃったか」
『キャーンプ、ファイヤー!』
『──まもなく、キャンプファイヤーが始まります。みなさま、グラウンドにお集まりください』
17:00。
"文化祭実行委員"という文字が書かれた腕章をつけて、僕は外を歩き回っていた。
というのも、実行委員が招集されている時刻になっても、グラウンドのテント前に沢多さんの姿がなかったからだ。
まさか、彼女に限って忘れることなんてないよな。
これまでに一度だってこういった集まりに遅刻したことはなかったのに、いったいどうしたんだろう。
体調を悪くしてどこかで座り込んでいるのではないか。だとしたら、探してあげないと。
『10分になりましたら点火いたします。生徒も、先生も、後夜祭は一緒になって楽しみましょう』
校内アナウンスが流れはじめると気持ちが焦る。
僕は心配になって昇降口まで1人で戻ってきてしまった。
校舎の中を急足で歩くと、電気が消えている廊下はすっかりがらんとした風景が広がっていた。
陽が落ちた世界の中にただ置かれているだけの机と椅子。片付けが途中のまま放置されているダンボール。
文化祭終わりの寂しげな風景。
これほど無音な校舎を歩くことはそうそうなかった。
外から賑やかな笑い声が聞こえてくる中で、僕はこの裏寂しい空間にポツンと1人でいた。
「沢多さーん……いるー?」
いないかもしれない。
行き違いになっただけかもしれない。
3年生のフロアを一通り回ってみても、彼女の姿を見かけることはなく。
こうしてみると、2人で肝試しをした時を思い出した。
あの時はすぐに沢多さんが飛び出してきてくれたけれど、今回は、帰ってくるのは無言だけ。
「おーい……、後夜祭始まっちゃうよー」
やっぱり、気のせいだったのかも。
今頃グラウンドで、逆に僕のことを探しているかもしれない。
階段を降りようと一歩踏み出した時、ガチャン、と上の方から物音が聞こえてきた。
──え?
「沢多さん?」
その確信はなかった。
けれど、音がした方向へと足が進んでいく。階段を上がった先あったのは、屋上へと続く扉だった。
屋上?
なんで?
抱いたのは単純な疑問。
ここが"生徒立ち入り禁止"の場所であることもすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
僕は深く考えることをしないまま、ドアノブに手をかけて扉を開けたんだ。
猛烈な風が吹き込んでくる。
目を閉じて、ゆっくりと開ける。
バサバサバサッ、と鳥が飛び立つ音がした。
『点火まで──、3、2』
陽が沈んだ薄暗い世界が広がる。
僕の眼前で、艶のある真っ黒な髪が風にのって揺れていた。
サラリ、サラリ、とても綺麗に。
そこではじめて、この日は月が出ていたことに気づいた。
「沢多さん………?」
グラウンドはライトで照らされていて賑やかだった。
そんな光景を、彼女、沢多奈央さんは屋上の端っこの足場を踏み越えたところから、立って静かに眺めていたんだ。
『いーち、』
危ないよ。そんなところで。
どうして、そこにいるの。
何がどうなっているのか分からずに声をかけると、彼女は顔だけをこちらに向けて、哀しそうに笑った。
「──…見つかっちゃったか」
『キャーンプ、ファイヤー!』