僕は、沢多さんのことが好きだ。
──君に、恋をしてしまっている。



「私は、君という人をリスペクトしてる。君みたいになりたかった」


沢多さんが穏やかに笑った。
そんな彼女の表情を目にしたら、ドキドキが止まらなかった。

叶いもしない。無謀な恋。
僕と彼女では釣り合っていないと分かっていながらも、好きだと自覚してしまった手前、この気持ちを撤回することはできなかった。




「──東山くん、私ね、後夜祭は君と一緒に過ごしたい」


ふわり、金木犀の香りがした。
不意に射抜くような瞳が飛び込んでくる。

え?
僕、と?
それはどういう意味なのか。
緊張のあまり理解が追いつかない。
"なあんてね"がつく、いつもの冗談だろうかと考えるけれど、どことなく沢多さんの目は真剣だった。

自惚れてはいけない。
自惚れてはいけない。
僕なんかと本気で後夜祭を過ごすだなんて、そんなのまるで──。


「ど、どうしたの急に。それに、実行委員は、後夜祭中は見回りをしないといけないじゃないか」


勘違いをしそうになって、慌てて誤魔化した。
そんなわけない。
沢多さんみたいな人が、僕といたいだなんて思うわけないんだ。


「そんなのはすっぽかせばいいよ」
「……えっ?」
「東山くんは何か誤解をしてるみたいだけど、私はべつにいい子なんかじゃない。君にあまり美化されたり、謙遜されすぎるのは、ちょっとしんどいかな」


動揺して言葉が出ない。
気の利いた台詞は思い浮かばない。
ただ、また沢多さんが悲しそうな目をしていたことには気づいていた。気づいていながらも、"どうしてそんな目をするの"の一言は僕の喉から出てくることはなかった。



「……今の、なんでもないよ。ごめんね、困らせて」
「沢多さん」
「時間だ。もう戻ろっか」



僕にもう少し勇気があれば、
もう少し自信があれば、
僕の方から沢多さんを誘うことができたのだろうか。
そうしたら、沢多さんはどんな顔をしてくれたのだろうか。

カラフルな装飾が施されている廊下。僕は沢多さんの数歩後ろを歩いていた。
お客さんやうちの生徒たちで賑わっている中で、沢多さんは沢山声をかけられている。


憧れ。恋心。
戸惑い。

気持ちを自覚したところで、その先は考えなかった。
とてもじゃないけれど、考えてはいけないんだと思ってしまったから。


──そうやって僕はいつも、行動に"自分"が伴わない。
言い訳ばかりを先に考えて、自ら動くことから逃げているだけの、弱虫だった。