文化祭の実行委員に成り立て頃に吹いていた温暖な風は、いつの間にか肌寒いものになっていた。

沢多さんの黒髪がさらりと揺れる。
そして、やや不自然に視線が逸された。
いつもよく目を合わせてくれるのに、この時は彼女と目が合わなかったのだ。


「こんなに一生懸命作ってて、すごいね」
「そんなことは」
「あるんだよ。私はね、こんなの、本当は──くだらないって思ってる」
「……え?」


膝を抱えてしゃがみ込んだままの彼女の表情は、僕からじゃ伺うことができない。
品行方正で、いい意味で八方美人だった沢多さんから聞く内容だとは思えなくて、耳を疑った。


「当日までに準備が終わらなくても別にいい。だって、どうでもいいもん。もう、正直に言うとね、疲れたんだ」
「沢多さん……?」
「だから、君はすごいね。君だけが何も知らずに、何も考えずに、ただクラス展示の作成を頑張っているんだよ」


普段は温厚な沢多さんが俯いている。

僕に気の利く言葉をかけられるような技量なんてない。

どういうことだ?
僕だけ?
そんなことはないだろう。
狼狽していたら、顔を上げた沢多さんがニカッと笑った。


「なぁーんてね、ごめんね、暗かったね!」
「えっと…」
「塗ろっか。ここを青でいい?」


──あ、なんだ、よかった。
いつもの彼女に戻った。

いきなり真顔になるから困惑してしまったじゃないか。"くだらない"だなんて、あの沢多さんが思うわけないじゃないか。責任感溢れる沢多さんがする発言じゃないはずだ。
そう思いながら、筆を持ってベニヤ板にペンキを塗る作業を続行する。


「うん、青でお願い」
「おっけー。ちゃちゃっと完成させよう」
「あっ、沢多さんそこは赤………っ!」
「えっ!?」


ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、沢多さんは案外おっちょこちょいだった。
シャーペンで"赤"と書かれている部分に堂々と赤のペンキを塗っていた。


「ごめん! これどうしよう!」
「か、乾いてから上塗りするよ」
「ほんとごめんー!」


両手を合わせて謝ってくる彼女に困ったように笑った。

僕たち以外誰もいない放課後の中庭。
僕はやっぱり浮かれていた。
僕だけが浮かれていた。

大きなベニヤ板を挟むように座って筆を走らせる。
完成したらどんなだろう。胸を弾ませているのも、僕だけだった。