沢多さんはまた満天の星空を見上げていた。
こういう時になんて話しかければいいのかが分からない。
彼女から＂怯える＂なんてワードが出てくるとは予想もしていなかった。


「僕はなんていうか、別に怯えてないわけじゃないんだ。むしろ、人に関わることが苦手で、それをあえて避けているだけだからすごくも何ともない」
「そうかな。普段の君は、そういう風には見えないけど」
「コンプレックスがあるんだ。僕は流行りには疎いし、それこそ時間があれば小説しか読んでいなかった。だから、周囲の話題にあまりについていけないし、僕の好きな小説について話していたら＂気持ち悪い＂って小学生の頃に笑われたことがあって」


当時のクラスメートたちの会話の話題といえば、昨日のバラエティー番組。ドラマ。人気のアニメ。少年漫画の最新話。スポーツ。どれも僕がついていける内容ではなかった。

多分、彼らからしたらつまらない子だったと思う。
というか、小説ばっかり読んでいる変な子でもあった。

僕が昨日読んだシリーズものの小説を熱弁すると、若干引いているような顔をされた。
人と仲良くなるためには、彼らと同じものを好きにならないといけない。
だから友達を作ることは僕にとっては難しかった。
いつからか、自分のことはまったく曝け出さなくなった。殻に閉じこもって、教室の空気になることに安住していたんだ。


「それ以降、僕は人と関わることから逃げてる。ただの臆病者だよ」


少なくとも、沢多さんがすごいと思うような人間ではない。
いざこうして自分で口にすると情けないものだ。


「一歩を踏み出す勇気すらないんだ。その癖、沢多さんみたいに容量よく皆と接することができる人に憧れてる」
「私みたい、か……」
「そこはいくじなしだって笑うところだよ。努力することもなく本の世界に閉じこもってるなんて男らしくないって」


いつのまにか饒舌になっていた。
しまった。距離感がおかしすぎるし、明らかに図々しいことを口にしたような。
しかもあの沢多さん相手に、だ。

僕と彼女はこんな話をするような間柄でもないのに、恥ずかしい。


「君のそういうところ、やっぱりいいな」
「え？」
「なんかちょっと、羨ましい」


──けれど、どうしてだ？
なんで、沢多さんに羨ましがられてる？

羨ましいという言葉にいまいちピンとこない。良いところなんてなかったじゃないか。なのに何を言っているのか、と沢多さんを見つめていたが、彼女と目が合うことはなく。




「あ、猫ちゃんだ」


しばらく沢多さんのことをジッと見ていたら、彼女がお寺の縁の下のあたりまで歩いていった。

猫？

彼女を目で追うと、1匹の黒猫がいた。
こちらに金色の目を向けているその子は、先ほどの墓地で草むらから出てきた黒猫か？


「おいで」
「ニャア…」
「わ、すごい。この子、人に慣れてるみたいだよ」


よく見ると飼い猫なのか、鈴のついた首輪をつけているようだった。
チリン、と静かな音を鳴らしながら、黒猫は僕と沢多さんの近くまでやってくる。