「びっ、びっくりした……」
「腰抜かすなんて思わなかったよ、ごめんねっ、ふっ、ははっ」
「もう、そんなに笑わないでよ」
「だって、あまりにもビビってたからついっ」


沢多さんがケラケラと笑っている。お腹を抱えて、それこそ涙が出るくらいに。
笑われているこっちとしては複雑な気分だ。
こんなにビビり倒しているだなんて醜態の極みだった。


「あー…なんか、久しぶりにこんなに笑ったかも」
「いや、さりげなく失礼だし」
「くっ、ははっ、ほんとにごめんねっ…? 立てる?」


笑いながら手を差し伸べてくれる沢多さん。
べつに、君の手を借りなくても立てる、と思ったけれど足がすくんでしまったらしい。
大人しく手を取って立ち上がらせてもらった。


「これで気が済んだ?」
「うん、すごくスカッとした」
「僕が怯えてるところを見てスカッとするなんて、ひどいような気もするけど」
「だから、ごめんって。でも付き合ってくれてありがとうね。あ、そうだ」


少し落ち着いたけれど、まだ心臓が暴れている。

そんなに笑うなんてあんまりじゃないか。
僕を驚かせて喜ぶなんて、沢多さんは実は性格が良くないのか?
正直、女子の前で尻餅をつくだなんて格好がつかなすぎて居心地が悪かった。

「あの、っ、うおっ……」

できれば穴があったらすぐにでも入りたい。それから、この不気味な場所から今すぐにでも立ち去りたい。
目的の肝試しを済ませたことだし、さすがにもう帰るんだろうなと思っていたのに、何故か手を引かれて墓地のさらに先へと連れて行かれた。

「えっ、ちょっと!」
「この先にね、小さいお寺があるの」
「お寺……?」
「そこから見える景色がお気に入りなんだ。せっかくだし、行こうよ」
「ええっ?」

本気で言っているのか?
お寺って……なんでまたそんな怖そうな場所に僕を連れて行こうとするんだよ。

石畳の小道をずんずんと進んでいく沢多さんは怖いもの知らずだ。
僕とは大違いで男らしい。
というか、待って、僕今女子と手を繋いでいる? しかもあの沢多さんと? どうしよう。これ、どうすればいいんだ? 沢多さんは男子と気軽に手も繋げてしまう人なのか?

今度は違う意味でドキドキしてきてしまうじゃないか。

まるきり沢多さんに振り回されている僕は、彼女が進む先に誘われる。
覆い被さるように生えている木々が突然開けた場所があった。

古びた建物がポツンと建っているだけの境内。
とても繊細な造りをしている石畳。
9月の夜にしては少しひんやりとした空気。


「ほら、着いたよ。見て──綺麗でしょ?」


見上げると、空を遮るものは何もなかった。
ただ、満天の星が降り注ぐ世界があったのだ。


「う、わぁ……こんなにも星が明るい」
「このあたりは特によく見えるんだよ」
「そうなんだ。すごいな」
「街中を歩いてるとさ、わざわざ空を見上げる機会なんてないから、きっと皆気づかないんだよね」


先ほどの恐怖感情なんてどこかへ吹っ飛ぶような美しさだった。
あれは、北極星。あれは、夏の大三角。オリオン座は、まだ見えないか。

首が痛くなるくらいに上を向いて口を開けてしまった。
なんだか神秘的で、胸が震えるというのはこういうことをいうのだと知った。


「沢多さんは、こういうのが好きなの?」
「うん、そうだよ。正直ね、今流行りのアイドルグループだとか、インスタ映えするカフェだとかよりも、こういう原始的なものの方が好きかな。意外?」
「意外だと思った。だって、沢多さんが仲良くしてる中野さんたちは、皆キラキラしてるものが好きなような印象だったから」


隣を見ると、沢多さんはまっすぐ星空を見上げている。

──ドクン、と胸が鳴った。
慌てて視線を逸らすけれど、また盗み見をする。その横顔に見入ってしまったのは、本人には秘密だ。


「そうだ、東山くんの好きなものは?」
「え? 僕の?」


ジ、と見つめていたら急に沢多さんがこちらを顔を向けてきてドキッとする。


「そんなものを知ってどうするの」
「いいから、教えてよ」
「たいして面白くもないと思うけど……」
「東山くん、私も好きなものを教えたんだから、君の好きなものも教えなさい!」


なんだそれ。無茶苦茶だ。