響也の指がグランドピアノの鍵盤をなぞる。昨日私の頭をなでた大きな手をまじまじと見つめると、それは確かに男の子の手だった。骨張った手は日に焼けてはいるけれど、顔と同じく男子にしては綺麗な肌をしていると思った。

 力強い音が鳴る。ピアノ弾くって本当だったんだ、と当たり前のことを思った。上手、綺麗、素敵、頭の中に言葉がしゃぼん玉のように現れては消えた。プロ並みというわけではないけれど、私は響也の音が好きだと思った。十七歳の私のつたない語彙力では、この音を表すには陳腐過ぎると思った。

 ピアノを弾く響也の真剣な眼差しをかっこいいと思った。男子にしては睫毛が長いことに気づいた。この間、響也は1年生の女子に告白されたと聞いた。こんなにも絵になる人を好きになるのは当たり前だと思った。会ったことのない響也の彼女の気持ちも、残念ながら玉砕してしまった女の子の気持ちもとてもよく分かる。

 「HEIWAの鐘」のBPMは120。私の心臓の鼓動が、メトロノームのようにそのリズムを刻んだ。指先が熱くなって痺れて、感覚がなくなった。夏合宿で練習しすぎてオーバーヒートしたときのように、体が熱くなった。ふわふわした足下の感覚。自分の体が自分のものではなくなったように感じた。二人だけの音楽室を、どこかの異世界のように感じていた。このまま二人で一枚の絵になりたかった。

 いつ頃からだろう。響也の特別になることが嬉しかったのは。響也の褒め言葉が他の人からの賞賛と違うと感じたのは。響也を失うことが怖くなったのは。響也と離れてしまうかもしれないという大きな出来事の前に霞んでしまってはいたけれど、本当は響也に彼女がいるという事実が嫌だった。今更気づいた。

 私は響也を一人の男性として愛している。