嫌な予感は当たるものなのかもしれない。部活に行く前に、たまたま教室で二人きりになったタイミングがあった。このクラスでテニス部なのは私と響也だけだ。

「ちょっとだけ、時間いい？」

　進学がらみの噂についてだと思い、身構えた。響也と離れることが想像できなかった。

「えっ、いやだー。シリアスな話？まさか好きな人でもできた－？」

　わざとおちゃらけた。声が震えて、唇が引きつった。

「華音ってすげえ勘いいんだな」

　響也が心底感心した表情で私を見つめる。

「実は俺、彼女いるんだ」

「うそ、ほんとに？」

「お前に嘘ついてどうすんだよ」

　想定外の打球に面食らった私を響也が笑う。

「この学校のヤツじゃないから、誰にも言ってないけどさ」

「どこの人？」

「聖ロゼリカ女子」

　電車で数駅先のミッション系私立女子高校の名前だ。文化祭は招待チケットがないと入れない厳重ぶりで、育ちのいいお嬢様ばかりでナンパにはなびかないような子ばかりだと聞く。響也との接点がまるでない。

「超お嬢様高じゃん。どうやって出会ったのさ」

「中学が一緒だった」

　じゃあ、付き合って長いんだ。と、いう言葉を飲み込んだ。詮索するようなことはしたくなかった。でも、それよりも気になっていることがある。

「この間は彼女いないって言ってたじゃん」

「言いたくなかったから、あの場ではああ言った。彼女がいることは誰にも言ってないし、これからも言うつもりはない」

「なんか意外。男子って付き合った人数とか競ってるイメージだから」

「あいつのこと、そういうマウンティングの道具にしたくない」

　やっぱり、響也はほかの男子とは違う。だから、人間として信用できる。

「彼女のことは本当に大事だから、ほかの男にキモい想像されるのは絶対に嫌なんだよ。女子のクソみたいな井戸端会議も大概だけど、男はゲスい話ばっかりするからマジで最悪」

　心底うんざりした様子で響也が言った。

「確かに、いい恋バナと悪い恋バナがあるよねって思う。幸せな話は聞きたいし悩んでたら相談に乗りたいとは思うけど、彼氏のスペック競ったり人の秘密勝手に暴露したりするのはよくないって思う」

「そんなレベルじゃなくてさ、女子の前で言うのは憚られるような話。華音は女子だから、どんな話かは言わないけど、まあ察して。彼女いるとか言った日にはゴミみたいな質問攻めがデフォルト」

　響也がため息をついた。男子は男子で大変なのだろう。恋人を大切に思っていればいるほどに。私は響也におばさんみたいな質問攻めをする気はない。でも、これくらいは聞いても許されると思う。

「なんで私には言ったの？」

「華音は信用できるから。だから、華音にだけは嘘つきたくなかった」

　色々な感情と情報が入り交じって、処理しきれない。響也がフリーというのは嘘で彼女がいる。そして、なぜか私にだけは本当のことを言ってくれた。

「華音は口堅いし、変な噂話しないし、すっげえいいやつじゃん。それに、華音は俺の一番の親友だから。って、これ部活の前にする話じゃねえな」

　響也はへへっと笑った。響也に信頼してもらえたことが嬉しかった。私はふうっと一息ついた。

「なんか、安心したわ。シリアスな話するのかと思った」

「どんな？」

「響也が遠くの大学行くとか」

「っておい！お前も噂に惑わされてんじゃねえか」

　響也が笑いながら私に小指で軽くデコピンをした。

「普通に県内の国公立行く。俺が言ったんだからお前も進路教えろよ」

「私も、おんなじ！」

「だよな。よしっ、部活行くぞ」

「あっ、待ってよー！」

　ラケットを担いで、教室を出ようとする。

「俺はどこにも行かねえよ」

　振り返った響也はどことなく大人に見えて、ただでさえ高い身長が普段よりさらに高く見えた。響也と私の志望大学が同じだと知り、これで安心できると思った。でも、なぜだか私の心は晴れなくて、部活にいまいち集中できなかった。