永遠に続けばいいと思っていた音楽室の時間の砂時計は落ちきった。来年のこの時期には部活を引退する。来年にはクラスが離れるかもしれなくて、大学受験がうまくいかなければ大学で離ればなれになるかもしれない。私たちは近くにいすぎた。一度近づいたら離れるのが怖い。このままジリ貧になるくらいならと、一か八か距離を縮めようとしたけれど、無理だった。
 
「えっ?そんなんでいいの?全然弾くけど」

 拍子抜けしたように響也が言った。ダメだ。この人には一生敵わない。小さな世界でウジウジ悩む私をその手で救い出してくれるんだ。

「もしかして、頼もうとしてたことってそれ?」

 私はきっと、あなたにふさわしくない。だから、嘘をつく。失敗したときになかったことにできないのなら、告白する勇気はない。でも、あなたがいつだって差し伸べてくれる手には縋りたくなってしまう。

「うん、また響也のピアノが聴きたい」

 私なりの精一杯のアイラブユー。響也の心は絶対に私のものにならない。なら、せめてあなたの時間だけください。

「いいよ」

 響也が笑った。私も笑った。

「あー、本当に心配した。マジで心臓に悪いって。後でデコピンな」

 響也がそういうとコートに仰向けに寝転んだ。私も、つられて寝転んだ。熱くなった疲れた体にコートの冷たさはちょうど良かった。響也との距離は何センチメートルだろう。私は空を仰いだ。

 夕焼け空のグラデーションが広がっていた。鳥が二羽、どこか遠くへと飛んでいった。人間関係は曖昧に変化していくもので、何年何月何日何時何分何秒に友だちになって、親友になって、人として尊敬するようになって、恋をしてなんてくっきりとした境目はないのだと思う。青い空が少しずつ赤くなっていくように、少しずつ変わっていくものだ。そして、私たちのこれからの関係が少しずつ進展していくことを願った。秋の風が汗にあたってかすかな肌寒さを感じる中、夕方6時の鐘が響いた。