世界の理不尽さに、夏の試合で負けた時よりも泣いた。当然のように響也が反対コートから駆け寄ってきた。

「えっ、華音どうした?もしかして、怪我した?おいおい、先生戻って来たらマジで俺が何かしたみたいだからマジで泣くなって!俺そんなに変なこと頼まないから!」

 止めようとしても止まらない嗚咽。顔はぐちゃぐちゃで、必死に顔を隠した。

「そんなに何か俺に頼みたいことあったのか?」

 言えない。「今から告白するけど、ダメでも友だちのままでいてほしい」って言おうとしてたなんて言えない。

「何か欲しいものでもあった?また誰かに何か言われた?俺に何かしてほしいことあるのか?」

 あなたが欲しいなんて言えたら苦労しない。私は臆病だから、フラれても友だちでいられる保証がないと泣き落としすらできない。

「勝ちたかった・・・・・・」

「華音マジで強かったって。次やったら、負けるかもしれない。男テニメンバーより下手したらうまいんじゃね?あ、これみんなには内緒な」

 響也が私の頭をなでた。私の心を救ってくれた手。三千世界で一番美しい音色をピアノで奏でた手。強いスマッシュを放った手。響也の大きな手は思わせぶりだ。期待したら、絶対傷つくと分かっているのに。この手がこんなにも愛しい。

「なあ、最近華音って何か変じゃね?マジでどうしたんだよ?」

「嫌だ、言いたくない」

「言えよ、言わないなら今の何でも言うこと聞く権使うぞ」

 「私が勝ったら、私と付き合って」って強気な告白はできない。二股でもいいからなんて言えるほど強かにはなれない。なのに、セーフティネットがなくなった途端に気持ちをごまかして逃げ回る卑怯な私。全部が中途半端だ。響也の前では可愛くてかっこよくて素敵な私でありたいのに、空回りしてばっかりだ。ぐちゃぐちゃな感情があふれ出す。

「もう響也のピアノが聴けないなんて嫌だよぉ」