世界を壊す会、会員二名のみ。活動内容、世界を壊しているっぽい活動をする。主な活動場所、放課後の屋上へ続く階段、のはずだったが、時々学校の外でも活動をするようになった。活動と言っても、大した物ではないけれど。
駄菓子屋に連れて行かれて、大量のお菓子と少しのオモチャを買った。知育菓子を混ぜながら、高架下でだべる。電車が通るたび、少し伸びてきた髪を風が揺らした。お菓子を混ぜていると、水色からピンクに色が変わった。
「栄介は頭いいからさー、これ、なんで色変わるか分かっちゃうんでしょ」
「アルカリ性から酸性に変わったのに反応してるんだと思うよ。指示薬と同じだね。食品だし、紫キャベツのエキスとか使ってるんじゃないかな」
「おー、さすがだ」
「こういうの、理論とか何も知らない頃に出会って素直に驚きたかったな」
僕は子どもの頃、買い食いや寄り道を禁止されていた。スナック菓子や駄菓子を買い与えられなかったので、今日初めて口にした。
「巻き戻したいな、時間」
「ボクも。幼稚園の時、ヒーローごっことかしたじゃん?ボク本当は、ピンクじゃなくてブルーがやりたかった。あの頃に戻って男の子としてやり直したい」
「ブルーか、姫花はレッドのイメージだけど。みんなの中心にいるリーダーっていうかさ」
「そうかな?ボクは栄介の方がレッドっぽいと思うよ」
ラムネのビー玉をビン底に落としながら、姫花が言う。シュワシュワと炭酸がせりあがる。
「君はこの世界をひっくり返す先導者になれるんだから」
「なれないよ、親は僕を兄さんの従者になれっていうんだ」
先日、兄がお見合い結婚をした。時代にそぐわない政略結婚だった。病院は長兄に継がせるという。僕はその下で働くのだと親に命じられた。次兄も長兄の補佐としてその生涯を捧げることに何ら疑問を抱いていなかった。
「医学部行くにしたってさ、僕、絶対臨床医より研究医の方が気質にあってると思うんだよね。でも、僕は親の駒だから。生き方を選ぶ権利、僕にはないんだってさ」
「きっついねー。ほんっと、自由になりたいよね、しゃぼん玉みたいにさ」
姫花が袋からしゃぼん玉を取り出して笛のように吹いた。しゃぼん玉は高く飛んでいく。そして、次々と弾けた。地球が弾け飛ぶように。
「最近、丸い物が壊れるのを見ると、姫花のこと思い出すんだ。食事中にミニトマトを噛んだり、お風呂とかで、泡が弾けたりすると」
「なんか嬉しいな。じゃあ、お風呂よりも大きな地球、栄介も弾けさせちゃいなよ」
姫花が持っていたしゃぼん玉セットを渡してきた。あ、間接キスだ。そんな邪念がよぎった。何を考えているのだろう。姫花の心は男なのに。おそるおそるその筒に口をつけて、しゃぼん玉を吹いた。ほんのりラムネの味がした気がした。吹き終わっても、姫花の顔が直視できなかった。
「僕、今日おかしいかもしれない」
「ストレスたまってるんじゃないの?発散する?」
立ち上がった姫花を盗み見るように見ると、悪戯っぽい顔で笑った。電車が通り過ぎるタイミングで、姫花は大きく振りかぶると、かんしゃく玉を投げた。
「ここなら、大きな音出しても迷惑にならないっしょ?」
世界を壊すと言いつつ、モラルには気を遣うんだなーとぼんやり思った。それが姫花のポリシーなのだろう。
破壊行動は美しく、僕も電車の轟音に合わせてかんしゃく玉を投げた。小さな爆発を起こしているのを見るのがとても心地よかった。
「これ、何個集めたら世界を壊せる爆薬作れるんだろうね」
「数え切れないほどだよ」
「小学校の時に大きな数習わなかった?9999無量大数個集めたら壊せるかな?」
「どうだろうね」
ゼロの数を数えて、おどろおどろしい名前のどこぞの兵器と威力を比較する気にはなれなかった。かんしゃく玉を投げ続けていれば世界を壊せるなんてとんだ夢物語だが、それを否定したくはなかった。姫花と話しながら、鬱憤の理由が頭から消え去るまでひたすら投げ続けた。爆発音が花火に似ていた。そういえば、今年の花火大会の日は塾が休みだということを思い出した。
「今年さ、花火大会一緒に行かない?花火って爆発じゃん」
誰かをデートに誘うのは初めてだった。頭が空っぽになった今なら言える気がして、すっと言葉が出てきた。
「いつ?時期によってはいけないかも」
「八月の始めだよ」
「ならいける」
姫花の返答に内心ガッツポーズをしながら問いかける。
「後半だと何かあるの?」
姫花が最後のかんしゃく玉を投げた。
「ボク、転校するんだ」
電車が通り過ぎた時の風は熱いくらいで気づけば春は終わっていた。始まったばかりの夏は、思いの外早く終わりそうだった。
駄菓子屋に連れて行かれて、大量のお菓子と少しのオモチャを買った。知育菓子を混ぜながら、高架下でだべる。電車が通るたび、少し伸びてきた髪を風が揺らした。お菓子を混ぜていると、水色からピンクに色が変わった。
「栄介は頭いいからさー、これ、なんで色変わるか分かっちゃうんでしょ」
「アルカリ性から酸性に変わったのに反応してるんだと思うよ。指示薬と同じだね。食品だし、紫キャベツのエキスとか使ってるんじゃないかな」
「おー、さすがだ」
「こういうの、理論とか何も知らない頃に出会って素直に驚きたかったな」
僕は子どもの頃、買い食いや寄り道を禁止されていた。スナック菓子や駄菓子を買い与えられなかったので、今日初めて口にした。
「巻き戻したいな、時間」
「ボクも。幼稚園の時、ヒーローごっことかしたじゃん?ボク本当は、ピンクじゃなくてブルーがやりたかった。あの頃に戻って男の子としてやり直したい」
「ブルーか、姫花はレッドのイメージだけど。みんなの中心にいるリーダーっていうかさ」
「そうかな?ボクは栄介の方がレッドっぽいと思うよ」
ラムネのビー玉をビン底に落としながら、姫花が言う。シュワシュワと炭酸がせりあがる。
「君はこの世界をひっくり返す先導者になれるんだから」
「なれないよ、親は僕を兄さんの従者になれっていうんだ」
先日、兄がお見合い結婚をした。時代にそぐわない政略結婚だった。病院は長兄に継がせるという。僕はその下で働くのだと親に命じられた。次兄も長兄の補佐としてその生涯を捧げることに何ら疑問を抱いていなかった。
「医学部行くにしたってさ、僕、絶対臨床医より研究医の方が気質にあってると思うんだよね。でも、僕は親の駒だから。生き方を選ぶ権利、僕にはないんだってさ」
「きっついねー。ほんっと、自由になりたいよね、しゃぼん玉みたいにさ」
姫花が袋からしゃぼん玉を取り出して笛のように吹いた。しゃぼん玉は高く飛んでいく。そして、次々と弾けた。地球が弾け飛ぶように。
「最近、丸い物が壊れるのを見ると、姫花のこと思い出すんだ。食事中にミニトマトを噛んだり、お風呂とかで、泡が弾けたりすると」
「なんか嬉しいな。じゃあ、お風呂よりも大きな地球、栄介も弾けさせちゃいなよ」
姫花が持っていたしゃぼん玉セットを渡してきた。あ、間接キスだ。そんな邪念がよぎった。何を考えているのだろう。姫花の心は男なのに。おそるおそるその筒に口をつけて、しゃぼん玉を吹いた。ほんのりラムネの味がした気がした。吹き終わっても、姫花の顔が直視できなかった。
「僕、今日おかしいかもしれない」
「ストレスたまってるんじゃないの?発散する?」
立ち上がった姫花を盗み見るように見ると、悪戯っぽい顔で笑った。電車が通り過ぎるタイミングで、姫花は大きく振りかぶると、かんしゃく玉を投げた。
「ここなら、大きな音出しても迷惑にならないっしょ?」
世界を壊すと言いつつ、モラルには気を遣うんだなーとぼんやり思った。それが姫花のポリシーなのだろう。
破壊行動は美しく、僕も電車の轟音に合わせてかんしゃく玉を投げた。小さな爆発を起こしているのを見るのがとても心地よかった。
「これ、何個集めたら世界を壊せる爆薬作れるんだろうね」
「数え切れないほどだよ」
「小学校の時に大きな数習わなかった?9999無量大数個集めたら壊せるかな?」
「どうだろうね」
ゼロの数を数えて、おどろおどろしい名前のどこぞの兵器と威力を比較する気にはなれなかった。かんしゃく玉を投げ続けていれば世界を壊せるなんてとんだ夢物語だが、それを否定したくはなかった。姫花と話しながら、鬱憤の理由が頭から消え去るまでひたすら投げ続けた。爆発音が花火に似ていた。そういえば、今年の花火大会の日は塾が休みだということを思い出した。
「今年さ、花火大会一緒に行かない?花火って爆発じゃん」
誰かをデートに誘うのは初めてだった。頭が空っぽになった今なら言える気がして、すっと言葉が出てきた。
「いつ?時期によってはいけないかも」
「八月の始めだよ」
「ならいける」
姫花の返答に内心ガッツポーズをしながら問いかける。
「後半だと何かあるの?」
姫花が最後のかんしゃく玉を投げた。
「ボク、転校するんだ」
電車が通り過ぎた時の風は熱いくらいで気づけば春は終わっていた。始まったばかりの夏は、思いの外早く終わりそうだった。