男の子に生まれたかった。特にきっかけがあったわけではなく、物心ついたときからそうだった。親に言っても、そういう時期はあると笑って流された。いつか「フツウ」の女の子になる日が来るのかと思って生きてきたけどそんな日は来なかった。

 姫花って名前が嫌い。女の子らしすぎるから。せめて、ナツキみたいに音だけは男でも通るくらいの名前が良かった。

 バイオリンは好きだけど、発表会のドレスは嫌い。コンサートで大人の男の人はかっこいいタキシードで演奏しているからそっちがいい。

 親が勝手に貼った少女趣味な花柄の壁紙の自室は居心地悪いことこの上ない。高校生にもなって、「姫花ちゃんの髪の毛セットするの大好きなの」と毎朝勝手にツインテールにする母親。髪を切ろうとすれば泣かれる。

 性別違和は年々強くなる。男子の制服をうらやみながら過ごす日々。大人になるにつれて体が変化していくのが嫌だった。体のラインが出るのが嫌で、夏でも厚手のベストを着ている。

 いくら誰も読まない作文とはいえ、「宇佐見姫花」がこんなことを書くわけにはいかない。だから、未成年の主張なんてできるわけがない。でも、女性として生き続ける将来なんて考えるだけで憂鬱だ。だから、アニメの影響を受けた「冗談」の範疇で済む抽象的な内容を書いた。

 原稿用紙の中で喚いたところで、今の世界はこんな自分を受け入れてくれないのは分かっている。ありのままの自分で生きられないこんな世界を壊したい。


 宇佐見は世界を壊したい理由をそう語った。宇佐見の抱えている悩みは僕のちっぽけな悩みに比べて遥かに大きな物だった。

 僕は、音楽はロックが好きだ。人並みにおしゃれだってしたい。でも、少しでも「不良っぽい」と思われかねないことが許されない僕はシャツの第一ボタンまできっちり止めて、校則で禁止されてもいないのに、ワックスすらつけたことがない。

 自分らしく生きられないことはとても息苦しい。それが、性別という大きな枠組みのことであれば、宇佐見はどれだけ辛かったのだろう。親もクラスの男子も女子も、可愛い女の子の宇佐見姫花を求めている。

「似たもの同士だね、ボクたち」

「宇佐見……」

 さん、君のどちらをつければいいのか迷った。

「呼び捨てで良いよ」

 その戸惑いを察してくれたのか、宇佐見は笑って言う。

「ボクも栄介のこと呼び捨てにするからさ」