宇佐見の大きな瞳は僕をまっすぐに見つめている。

「意外だなあ。先生からも信頼されてて、人望のある生徒会長の海藤君が世界を壊したいだなんて。順風満帆な人生確定してそうなのに」

 宇佐見は心底不思議そうにしていた。

「だからだよ」


 医師の父親、大学教授の母親。祖父母もみなエリート。兄は二人とも東京大学理科Ⅲ類に現役合格した。勉強が出来て褒められたことはない。なぜなら百点をとるのは当たり前のことだから。一番上の兄は高校時代にディベートの全国大会で好成績を収めた。二番目の兄は医学部体育会の剣道の全国大会で準優勝した。

 僕は生徒会長になって、ようやく両親に認めてもらえた。対立候補ナシの信任投票だったことがばれないことを願った。

 二人の兄がともにこの高校の出身であるため、僕はエリートのサラブレッドとして教師に期待されている。時々期待に押しつぶされそうになるが、期待されなくなるのはそれ以上に、それこそ死ぬほど怖い。

 小さい頃は勉強が好きだった。小学一年生の時書いた作文に、将来の夢は科学者だと書いてあった。ノーベル賞をとると息巻いていた。

「でも、今は勉強そのものが呪いにしか感じられないんだ。勉強するたび、自分が自分じゃなくなっていく感じがするんだ」

 なんて、それこそ人が欲しいものを全て持っているような宇佐見に心の内をすべて打ち明けるだなんてどうかしていた。

「ごめん、忘れて」

 宇佐見は人の悪口や秘密を触れ回るような人間ではないが、親しくもない人間に、ましてや木下をはじめとする同性の友人にも相談したことのないような悩みをほとんど話したことがない異性にいきなり話すのはあまりにも距離感をはき違えていた。

「いや、謝るのはこっち」

「え?」

 全て聞き終わった後、宇佐見は黒板消しを置いて言った。

「嘘なんだ、絶対音感の話」

「はああ?」

 僕は脱力した。こんな馬鹿な嘘に騙されていったい何をしているのだろう。

「ごめんね、絶対音感は本当だけど。絶対音感って魔法じゃないからさ、相手が嘘ついてるかどうかまでは分からないよ。かまかけちゃった、ごめんね」

 宇佐見の声が右耳から左耳に抜けていく。

「お詫びに、“ボク”も教えてあげる。世界を壊したい理由」