夏休みに学校ではないどこかで待ち合わせて出会う姫花は、僕だけが知っている本当の姫花でほっとした。それとともに、クラスの男子への仄暗い優越感を抱いた。

 僕の髪はだいぶ伸びて、親からは「美容院に切りに行け」と督促されたが、勉強が忙しいと言って先延ばしにし続けている。姫花が似合うと言ってくれているのだから、こちらの方が自分らしい。

 思い立って、二人で服を買いに行った。姫花の私服はゆったりとしたデザインの体のラインが分かりにくい物だが、レディース服だと一目で分かる物だった。

「メンズの服を買いに行きたいから付き合ってくれない?」

 願ったり叶ったりだった。僕も親が勝手に買ってくる服にはうんざりしていた。

 僕は親が見たら卒倒しそうな派手な色合いと柄のシャツを、姫花は全身コーディネート一式を買った。せっかくだからメンズアクセも見に行こうと言われ、僕は髑髏のついた派手なブレスレットとネックレスを買った。姫花に勧められ、リングの試着もした。サイズはぴったりだったが、デザインが気に入らなかったので買わなかった。

「うーん、指輪はもうちょっとシンプルなやつの方が好きかも」

「何その謎基準」

 リングのかわりに、姫花には、これが似合いそうだとゴテゴテしたファーストピアスを勧められた。

「開けられないよ」

「お守りがわりに買えば良いさ。いつかピアスを開けたいって思った時のために」

 僕は、使うことがないであろうピアッサーとファーストピアスを買った。

 レジで店員さんに姫花が「彼女さんですか?」と聞かれていた。姫花が嫌な思いをしているだろうと否定しようとしたが、言葉に詰まった。なぜだか「違います」の一言をどうしても僕の口からは言いたくなかった。

「そうでーす」

 あっけらかんと姫花は笑った。店を出た後、姫花は

「ただのリップサービスなんだし、適当に流せば良いんだよ」

 とけらけらしていた。

 気づけば夕方になっていた。こうしている間にも、どんどん時間は進んでいく。

「時間、止まったら良いのに」

 腕時計の竜頭を押して時計の針を止めても時間は止まらない。

「前にも言ったけど、時間が戻ったら良いのに」

 針を左回りに回しても、時間は戻らない。

「確かに、ボクももう一回栄介と学校行きたいなあ。ボクの出発の前日って予定あいてたりしない?最後に行きたいんだ」

「僕はいいけど、その日は生徒は学校立ち入り禁止だよ。学校説明会やってるから」

「うーん、残念。けど、もう他に日にちないんだよね」

 願いは叶わなかったけれど、日本で過ごす最後の日に僕といることを選ぼうとしてくれたことが嬉しくてしょうがなかった。