八月の終わりに、姫花は父親の仕事の都合でフランスに引っ越すらしい。小さい頃にも一時期フランスに住んでいたというが、今度は父親がそのフランスの支社の重役に就任するため少なくとも五年以上、あるいは何十年も戻らない。自分も現地で就職することも考えている。そう言われた。そんなことをおくびにも出さず、教室で平然と振る舞う姫花は自分を偽るプロなのだと思った。

 二学期のコンサートに出られないからという理由で、一足早く部活を引退していたことを聞かされた。

「部活のみんなにも、家庭の事情ってぼかして伝えてあるから、転校するってことはまだ言わないでね」

 姫花の言葉が左耳から右耳へと抜けていく。頭が真っ白になった。


 上の空のまま生活していたある日、校則違反のピアス着用を注意された隣のクラスの三人組が怒りにまかせて教師を殴ったうえに窓ガラスを割って、一人一人別々に面談室に連行されていた。学校内で行われた複数犯での問題行動は基本的に口裏を合わせるのを避けるために一人ずつ別個に事情聴取が行われるらしい。

「ああいうみっともないのはダメだな~。ちっぽけな破壊行動はボクたちの美学に合わないよね」

「そうだな。少なくとも人を殴るのはナンセンスだ」

 今日も階段で二人きり、他愛もない話をする。この時間が好きだ。でも、別れへのカウントダウンは始まっていた。姫花を失いたくないと、僕だけが焦燥に駆られていた。

 あっという間に一学期は終わり、教壇でみんなの前で姫花は別れの挨拶をした。女子はみんな泣いていた。僕は泣かなかった。花火大会に一緒に行くと約束したのだから、これでおしまいじゃないと思っていた。

 仲の良い女子たちは姫花にビーズアクセサリーを餞別として渡していた。姫花も空気を読んで女子たちと一緒に作っている光景を何度か作っているところを目にしたが、内心はどう思っていたのだろうか。

 餞別として贈られたネックレスやブレスレットをつけてきらびやかな姿をした姫花は、どこからどう見ても可愛い女の子だった。最後だからという理由で、先生も校則だとか固いことは言わなかった。

「教室を出る時はちゃんと外すんだぞ、他の先生に没収されてもフォローしないからな」

「きゃー先生優しい~!ありがとねー、アタシ先生のことも忘れないよー!」

 黄色い声で姫花が笑った。この教室という世界で、最後まで宇佐見姫花は宇佐見姫花のままだった。