記憶が鮮明になった今なら分かるが、なぜか分かる……なぜか涙が出る……という感覚になったのは、いつでもという訳ではなかった。

二人で映画を見た日……
結婚式……
台風の日……
最後のカラオケ……
最後のお花見……
返したいものを届けに行った日……
……そして二人で残業した、あの雨の夜……

 ふと、ある仮説がよぎった。
 ……が、すぐに打ち消した。

(だってさすがに結婚式の時は……いや参列した彼が持っていたとしたら……)


 振り返ると私の場合、はっきりとした不思議なデジャヴは、彼の誕生日が刻まれたクマのぬいぐるみが近くにある時にだけ起きていた。

 人形には思いの強さによって不思議な力が宿るという。

(あの声は悠希くんのクマの声だったの?)

 私が今までなぜかしていた言動は全て、この不思議なデジャヴによるものだとしたら……

 考えを巡らせながら、クマを受け取った日に自分が言った不思議な言葉を思い出していた。

「…………今度はちゃんと……捨てたって言うんだよ……」

 なぜあの時あんなことを言ってしまったのか……まさか……

 私はずっと探していた答えに辿り着いた。

「過去の記憶は未来にいき……今の記憶は過去の自分に流れ込む……」

 そのことに気付いた瞬間……
 私の中に未来の記憶が流れ込んできた。

 その中で私は年老いていた。

「私は彼に一生会えないまま死んでいくんだ……ありがとうやおめでとうも言えないまま……」

 それは呟くような悲しい声だった。

 私は悟った。
 過去が変わらなかったように会えない未来は変えられないのだと……

(諦めるしかないよね……)

 全部忘れられたらどんなに楽だろう。
 胸が引き裂かれる思いとはこんな感じなのだろうか……

(さよなら……)と日記を破り捨てようとしたその時……

『まだ間に合う……』

 あの声が聞こえた。

(間に合うって何をしたら? 会えないまま死ぬって分かったんだから会える訳ないじゃない)

(いつか見た映画のように…………まさか……)

 私は気付いた。
 彼に会える最後の方法……

 それは奇跡に近い、蜘蛛の糸が切れる間際のような約束をすることだった。

「もう一度だけ……」