待っている間、僕は財布から三万円を出してテーブルに置いた。金は持ってるぜアピール。ただ、よくメニュー表を見ると、税抜き価格だった。消費税が三千円。その消費税分で焼肉チェーンに言ったほうが幸せなんじゃないかと思いつつ、三千円も出した。隣の老夫婦は見向きもしない。七十過ぎだろうか。老舗企業の元社長と、元CAの奥様という感じだ。金があってあって有り余るというオーラが出ている。そんなに金があるなら、十万くらい分けてほしいものだ。思わずリアルな金額を恵んでほしくなる。
 主人は木のたらいでシャリを混ぜていた。しゃもじで切るように混ぜる。早く出してくれよと思う。ぼくはズボンのチャックを下ろして、イチモツでも曝け出そうかと思う。高級すし屋で、スーツ姿の男が自分のおいなりさんを曝け出したらどうなるだろうか。などと考える。こんなところで持ち前の奇抜な発想が顔を出す。道理で中学以降に友達ができなかったわけである。発想力が何年経っても小五の域を出ていない。
「旬のサバです」
 主人に置かれた寿司を見て、思わず、小さっ、と言いそうになった。小さめのシャリに、小さめのネタが乗っている。しかも一貫しかない。スシローで出てきたらクレームを入れるレベルである。これが上品なのかと思いつつ、食べると美味しい。たしかに美味しい。
「やっぱり、美味しいですね」と僕はつぶやいた。やっぱり、とつけるあたりが常連気取りだ。でも主人には聞こえていない。
 そのあと、ホタテ、イカ、マグロ、イクラと続いた。どれも出されて二秒以内に口に放り込む。醤油なんてつけやしない。まるでわんこそばだ。もう主人に直接口に放り込んでほしいくらい。でも間が数分あるから、ペースがつかみにくく、いくら食べても食べた気がしない。逆に腹が減る珍現象。
 その後、十二貫目に大トロが出て、次にあさり汁が出た。いやな予感がした。まさかこれでフィニッシュじゃなかろうか。
「いかがでしたでしょうか」と主人が訊いてきた。
 お代は消費税分だけでよろしいでしょうか、という言葉が出かけたが、喉元で封じた。
「やっぱり、美味しかったです。ありがとうございます」
 やっぱり、は欠かさない。ひとまず感謝し、テーブルの上にあったピン札を差し出した。