「付いたぞ、LYCEE(リセ)……」

 僕は、滅び去った空中都市を見下ろしていた。写真で何度も見たことがある景色。ReMage内のバーチャルルアーでも行ったことがある。遺跡の奥には尖った三角形の山が屹立している。ワイナピチュ山。あそこから見下ろすマチュピチュ遺跡も壮観だという。僕が今立っている「見張り小屋」と呼ばれる地点からあの山頂まで、ReMageの中でならジャンプひとつで到達できるだろう。現実では遺跡の中を通り抜けて、細い山道を登らなければいけない。そういう意味では仮想トラベルの方が遥かに楽しいしラクだ。けど……

「君が味わいたかったのって、こういう事なのか?」

 自分の筋肉を駆使して天空都市を歩く好意には、不思議な充足感があった。苦労も含めて旅だ、とかCGでは再現できないリアリティだとか、そういう話ではない。なにか説明の出来ないけど、清々しい感覚だった。

「まってろLYCEE、今データをインプットするからな」

 結局彼女はここでライブすることはできなかった。その償いというわけではないけど、僕の五感を刺激した空気そのものを上方を数値にしてボットに注ぎ込む。このAIボットに、僕はLYCEEという名を与えていた。読み方は彼女と同じだけど、フランス語の「学校」という意味も込めている。姫堂美沙は享年18歳だったと、彼女の兄から知らされた。リセの設定年齢と同じだ。彼女が歌姫として活動した5年間は、本来ならば学校に通い様々なことを学ぶはずだった5年間だ。けどそれは叶わず電子世界を遊び場とするしかなかった。だから僕は、彼女の分身であるボットにあらゆることを学ばせるつもりだった。

 もう一年近く日本に戻っていない。お金はあるし、世界中どこからでもRemageにはアクセスできる。世界中を歩き、彼女が見たがっていたであろう景色を味わい、そのデータをLYCEEにインプットする、そんな終わりのない旅を続けている。

「まさか僕が、現実世界をこんなに歩き回るようになるなんてなぁ」

 心は今でもReMageにある。それは変わらない。けど、何より大切なリセのために何だってすると決めた。それに、もっとこっちの世界を大切にしろとは彼女の言葉でもある。だから僕は誓った。ヴェルサイユ、ピラミッド、グランドキャニオンを見てきた。南米大陸に来たのだから、次はウユニ塩湖を訪れてみようか。

「しかたない。今度は僕が、雨夜星リセを連れていく番だからね」

 彼女が憧れた空中都市を見下ろしながら、僕はつぶやいた。

-完-