僕は24時間のアクセス制限を食らっている。姫堂氏の車で帰宅した後、LDRに接続できない僕はAIボットの設計を必死になってノートに書きなぐっていった。リセの……姫堂理沙の「引退」が、決して覆すことの出来ない事実だと判明した今、1秒でも無駄にすることは出来ない。初日のライブは残念ながら失敗してしまったけど、残りのすべてを成功させて必要なデータを取らなくてはならない。そして何より、彼女に人生最高と思える瞬間をステージの上で味わわせてあげたい。彼女の雨夜星リセとしての人生を最高の形で終わらせてあげたい。僕の頭の中には、そんな思いしかなかった。
書きなぐったノートはすべてスキャンし電子データへと変換した。こうすれば仮想世界の中でもこれを見ることができる。アクセス制限解除までに新品のノートが最後のページまで真っ黒になった。更に通販で10冊のノートを追加する。この呪わしい肉体は、栄養補給と排泄、そして最低限の運動と睡眠を必要としている。定期的にこっちの世界に戻ってこなければならない。食事とトイレの間はいつでもアイデアを書き留められるよう、予備のノートを用意しておかなくてはならない。
制限解除の瞬間、僕はReMage内の一等地に建てられている雨夜星リセのスタジオへと飛び立った。この24時間で、リセがオリオン街でのライブ中に倒れたことは、全ユーザーの知ることとなっているようだ。所属事務所からもファンからも大量の問い合わせが来ている。僕は事務所の実務スタッフに、リセの中の人の正体などの核心部分をごまかしつつ事情を説明した。そして対応はすべてその人に任せ、僕自身は作成中のAIボットを視覚的に示したCGの前に立った。球体から始まったそれは、データを登録し、解析プログラムを構築することで、人の形に近づいてきている。顔の部分には、リセの面影がはっきりと現れている。けどこれを大きく書き換えねばならない。
昨日まで僕は、ライブや配信だけこなせるAIがあればそれでいいと思っていた。けどダメだ。それだけでは全然足りない。この世界に雨夜星リセが存在し続けるためには、彼女の十数年をそっくりそのまま再現できるAIが必要なんだ。一体、いくつのシステムを並列させればいいのか想像もつかない。必要な教師データの容量はきっと天文学的なサイズになるだろう。それでもやってやる、やるしかないんだ。
しかし……すぐに僕の決意が無駄なものだと付かされる。さっきまで現実世界で書き留めてきたものが、全て間違っているような思いに囚われる。本当にこのノートの通りに作っていいのか？
「違う！ こんなんじゃない！ 違うんだ！」
僕は人型と球体の中間にあるAIボットを殴りつけた。実態があるわけじゃないから、拳は球面をすり抜けてしまう。理由ははっきりとは説明できない。でも、あのノートを形にすればするほど、最初に考えていたものとかけ離れていく実感だけがある。このまま進めば、きっと僕はひと月半後に「雨夜星リセ」を亡き者としてしまう。そんな最悪の確信が頭をよぎり、作成中のAIを全消去した。
「ちくしょう！何が名プロデューサーだよ……何が雨夜星リセの立役者だよ……」
床に大の字になって寝転がる。こんな事してる場合じゃないのに、今は一秒でも無駄にすることが出来ないのに動くことが出来なかった。僕は、彼女に必要なものを用意してやることが出来ない。思えば僕は彼女に連れて行ってもらってばかりだ。それはオリオン街で出会ったときから何一つ変わってない。僕は彼女の翼なんかじゃない。
「むしろ僕が、彼女を道具にしているだけじゃないか……」
そうつぶやくと、不意に声が返ってきた。
「それは違うって」
慌てて起き上がる。いつの間にかリセがログインしていた。
「ただいま」
「大丈夫なのか？」
「うん、ちょっと体調悪かっただけ。少し前からだましだましやってきてたけど、そろそろ誤魔化せなくなってるのかも」
苦笑いを浮かべながら、彼女はそう言った。
「確かにキミはアタシにここまで連れてきてもらったと思っているのかもしれないけど、それはお互い様」
彼女はしゃがみ込み、僕と顔の高さを揃えた。穏やかな輝きをたたえた瞳が僕の顔を覗き込んでくる。
「アタシもキミを使ってココまで来た。お互いがお互いを翼にした、それだけの話だよ」
その穏やかな輝きを何故か直視できず、僕は彼女に背中を向けてしまう。
「……兄さんに会ったんだよね？」
「うん」
小さくうなずいた。
「まぁ、そういうわけだから。あとはヨロシクね」
「うん」
「初日はあんな事になっちゃったけど……ツアーは、絶対に成功させよう！」
「うん」
「それで……AIは絶対に完成させてよ？」
「うん……」
「絶対にだよ」
「うん…………」
「雨夜星リセという存在は……絶対に殺さないでよ……」
「…………うん！」
イメージをそのまま具現化させることができる夢のデバイスLDR。そんなキャッチコピーが誇大広告であることを、僕は今更知った。何がイメージそのままだ。僕はさっきからずっと、頭の中で、リセの願いを頼もしく請け負う自分を想像しているのに……。彼女の顔を見ることすら出来ず、目からどうしようもない程にこぼれ落ちているこの水滴を止めることだって出来ないじゃないか……。
書きなぐったノートはすべてスキャンし電子データへと変換した。こうすれば仮想世界の中でもこれを見ることができる。アクセス制限解除までに新品のノートが最後のページまで真っ黒になった。更に通販で10冊のノートを追加する。この呪わしい肉体は、栄養補給と排泄、そして最低限の運動と睡眠を必要としている。定期的にこっちの世界に戻ってこなければならない。食事とトイレの間はいつでもアイデアを書き留められるよう、予備のノートを用意しておかなくてはならない。
制限解除の瞬間、僕はReMage内の一等地に建てられている雨夜星リセのスタジオへと飛び立った。この24時間で、リセがオリオン街でのライブ中に倒れたことは、全ユーザーの知ることとなっているようだ。所属事務所からもファンからも大量の問い合わせが来ている。僕は事務所の実務スタッフに、リセの中の人の正体などの核心部分をごまかしつつ事情を説明した。そして対応はすべてその人に任せ、僕自身は作成中のAIボットを視覚的に示したCGの前に立った。球体から始まったそれは、データを登録し、解析プログラムを構築することで、人の形に近づいてきている。顔の部分には、リセの面影がはっきりと現れている。けどこれを大きく書き換えねばならない。
昨日まで僕は、ライブや配信だけこなせるAIがあればそれでいいと思っていた。けどダメだ。それだけでは全然足りない。この世界に雨夜星リセが存在し続けるためには、彼女の十数年をそっくりそのまま再現できるAIが必要なんだ。一体、いくつのシステムを並列させればいいのか想像もつかない。必要な教師データの容量はきっと天文学的なサイズになるだろう。それでもやってやる、やるしかないんだ。
しかし……すぐに僕の決意が無駄なものだと付かされる。さっきまで現実世界で書き留めてきたものが、全て間違っているような思いに囚われる。本当にこのノートの通りに作っていいのか？
「違う！ こんなんじゃない！ 違うんだ！」
僕は人型と球体の中間にあるAIボットを殴りつけた。実態があるわけじゃないから、拳は球面をすり抜けてしまう。理由ははっきりとは説明できない。でも、あのノートを形にすればするほど、最初に考えていたものとかけ離れていく実感だけがある。このまま進めば、きっと僕はひと月半後に「雨夜星リセ」を亡き者としてしまう。そんな最悪の確信が頭をよぎり、作成中のAIを全消去した。
「ちくしょう！何が名プロデューサーだよ……何が雨夜星リセの立役者だよ……」
床に大の字になって寝転がる。こんな事してる場合じゃないのに、今は一秒でも無駄にすることが出来ないのに動くことが出来なかった。僕は、彼女に必要なものを用意してやることが出来ない。思えば僕は彼女に連れて行ってもらってばかりだ。それはオリオン街で出会ったときから何一つ変わってない。僕は彼女の翼なんかじゃない。
「むしろ僕が、彼女を道具にしているだけじゃないか……」
そうつぶやくと、不意に声が返ってきた。
「それは違うって」
慌てて起き上がる。いつの間にかリセがログインしていた。
「ただいま」
「大丈夫なのか？」
「うん、ちょっと体調悪かっただけ。少し前からだましだましやってきてたけど、そろそろ誤魔化せなくなってるのかも」
苦笑いを浮かべながら、彼女はそう言った。
「確かにキミはアタシにここまで連れてきてもらったと思っているのかもしれないけど、それはお互い様」
彼女はしゃがみ込み、僕と顔の高さを揃えた。穏やかな輝きをたたえた瞳が僕の顔を覗き込んでくる。
「アタシもキミを使ってココまで来た。お互いがお互いを翼にした、それだけの話だよ」
その穏やかな輝きを何故か直視できず、僕は彼女に背中を向けてしまう。
「……兄さんに会ったんだよね？」
「うん」
小さくうなずいた。
「まぁ、そういうわけだから。あとはヨロシクね」
「うん」
「初日はあんな事になっちゃったけど……ツアーは、絶対に成功させよう！」
「うん」
「それで……AIは絶対に完成させてよ？」
「うん……」
「絶対にだよ」
「うん…………」
「雨夜星リセという存在は……絶対に殺さないでよ……」
「…………うん！」
イメージをそのまま具現化させることができる夢のデバイスLDR。そんなキャッチコピーが誇大広告であることを、僕は今更知った。何がイメージそのままだ。僕はさっきからずっと、頭の中で、リセの願いを頼もしく請け負う自分を想像しているのに……。彼女の顔を見ることすら出来ず、目からどうしようもない程にこぼれ落ちているこの水滴を止めることだって出来ないじゃないか……。
